2月7日、動物病院に行く
2010年03月22日(月)
奥歯を痛そうにしていたので、治療してもらおうと連れて行ったいつもの動物病院で、見習い中としか言いようのない頼りなげな若い女性の獣医さんに、インターフェロンと抗生物質を注射され、それでもまだ具合が悪そうなら、奥歯の手術を考えましょうと言われて帰宅した寿々。元気だったのはたった一日だけで、すぐにぐったり。いつもなら、夫の後を追いかけて部屋に入ろうとするのに、名前を呼んでも動こうとしません。歯が痛くてがまんしているのだろうと、その時は思っていました。
思い切って根本治療をしてもらおうと決意したものの、もう見習い獣医さんはいや。寿々の行った動物病院、実はベテランと思しき院長先生も同じようなものだったのです。3年前に福太郎を連れていった時、この歯が痛いのでしょうと検査もせず、麻酔も鎮静剤も打たずにペンチで即座に奥歯を抜いてしまった院長さん。
その時に歯茎から流れ出た出血に、なんとなく不吉な予感がしたのは動物的直感。勘ははずれてはいなかったようで、それからすぐに福太郎の口腔内にあった悪性腫瘍が暴れ出し、これまた凄まじい闘病生活を強いられることになりました。そんな目に遭っていながら、凝りもせずにまた寿々を連れていったのですから、ああなんて愚かな飼い主…。
愚かなりに知恵を働かせ、今度こそはしっかりした動物病院で治療してもらうぞと意気込み、ネットで近所の動物病院をいくつか検索、車で10分ほどのところに新しくできた動物病院の専門が口腔とあったので、これなら間違いはあるまいと寿々を連れてゆきました。閑散とした待合室と、30歳そこそこの若い獣医師夫妻の臨床経験の浅さが不安材料でしたが、二人いればセカンドオピニオン常駐だものと、そんな軽い気持ちで任せてしまいました。
口腔専門はダンナ先生のほう。「歯茎の奥が腐敗し、膿が溜まっているいる可能性があるので、手術をしたほうが良いかもわかりません。」そう言われ、「高齢ですし、万が一、他に病気があるのを見過ごして手術をしてしまうと大変なことになるので、きちんと検査をした上で、手術をするかどうか改めて検討させてください」とお願いして、寿々を置いてきました。それが2月7日でした。病院との縁も運命のうち、でも後々、どれほど病院の選択を後悔したことか。
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写真:里音(さとね)です。あのガリガリだった頃が嘘のように、最近はボテボテ気味。(毎回の写真は、元気な我が子たちにします。寿々の写真をみるたびに心が痛んでしまうのです。)
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お花を頂いて
2010年03月24日(水)
寿々ちゃんへ
虹の橋でママさんたちを待っていてください。
今度出会えた時はずっと一緒だよ。
そんなメッセージカードが添えられた美しいお花を、やまだのママさんが送ってきてくださいました。寿々がいつも寝ていた椅子の上にそっと置くと、お花の中から寿々のあの「うぇん」という鳴き声が、小さく小さく聞こえてくるような気がしました。よかったね、寿々。
ありがとう、やまだのママさん
もうね、どこにもいかなくていいんだって
パパとママのそばに、いつまでもいられるんだって
寿々はね、いまとてもしあわせなの
ケトン体が出ています・・・
2010年03月25日(木)
寿々を預けたその日の午後、「寿々ちゃんは糖尿病のようです。ケトン体が出ていますので間違いないと思います。このまま入院をさせて治療をします。」という電話が動物病院から入りました。糖尿病?…猫が糖尿病?猫が糖尿病になるの?
糖尿病というのはそもそも人間の病気、しかも体の大きな人が罹患するというイメージがありましたから、猫と糖尿病、そのうえ3キロを切るほどの体重しかない痩せぎすな寿々と糖尿病という病気が、どうやっても結びつきません。
「ケトン体」という言葉もまったく初めて聞いた言葉でしたから、それがどれほど体にとって危険なものなのか、まったくわかりません。電話を切るか切らないかのうちに、大慌てでネットで調べてみると、「ケトアシドーシス」の状態にある猫の30%は助からないと書かれています。助からないってどういうこと?寿々が死んでしまうということ?そんなはずはない、寿々は残りの70%、絶対に助かると心に言い聞かせ、それでも不安を胸にいっぱい抱えながら夫と病院に駆けつけました。(猫の糖尿病については、後日書くつもりでいます。)
病院に着くと、獣医師夫妻が寿々の検査結果を報告してくれました。レントゲンの結果は異常なし、血液検査も、腎臓と肝臓の機能が年齢相応に衰えてはいるものの、特に問題はないとのことでした。高齢ながらがんばっていた寿々、それなのにそれなのに・・・糖尿病という病魔が寿々の体に忍び寄っていたのです。一週間ほどの入院が必要だと言われましたが、入院中の万が一を心配し、入院はさせたくないという思い伝えました。急変の心配はまずないし、そもそもケトン体が出ている間は自宅での療養は難しいというのが医師の返事でした。
それから一週間、病院からの緊急を知らせる電話が鳴らないことを祈りながら、休診日を除いて毎日欠かすことなく朝と夕方、寿々のお見舞いに通い続けました。今思うと、入院の間にあった2回の休診日、寿々はどうやって過ごしていたのでしょう。そのうちの1回は病院のそもそもの休診日。ケトン体がまだ出ていたこともあって、様子を見てくれていたようでしたが、問題はもう1回の休診日。学会のため夫婦揃って出かけてしまっているのです、病院はもぬけの殻。熱血医師とは思えない獣医師夫妻、その日一日の寿々の食事管理、インスリン管理はどうしていたのでしょう。
誰もいない病院で、寿々はどれほど不安にかられていたことでしょう。どれほど家を恋しく思っていたことでしょう。ケトン体が消えた時点で、なぜ即自宅に連れ帰ろうとしなかったのか、そのことがいまもなお悔やまれてなりません。あと3日早く退院させていればこんなことにはならずに済んだのではないかと、今もまだ思い続けています。
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写真はにゃあちゃん。昨年の秋ぐらいから、朝起きると異様に飲み水が減っていたのですが多頭飼いの難点、誰がどのぐらいの水を飲むのか、把握できずにいました。飼い主の怠慢です。今は水を飲んでいる猫の姿を見つけると、だめ~、そんなに飲んじゃ!とつい・・・。ナニ慌てているの?と不思議そう。
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一週間の入院
2010年03月28日(日)
寿々のお見舞い初日、病院の入院室から連れてこられた寿々は静脈点滴の針を腕にしたまま、診察台の上でぐったりとしていました。私たちの声を聞いても反応せず、立つこともままならない様子でした。これが犬なら、飼い主の声を聞いた途端、どれほど辛い状態にあっても必死で立ち上がろうとしてくれるだろうし、僅かでもしっぽを振ってくれるだろうにと少しだけがっかり。でもそれどころではなかったのです、寿々は。
獣医師によれば「ぐったりしている時というのは血糖値が高い時なんですよ」と。後々、血糖値が高い時はあまり心配するほどのことはなく、むしろ血糖値が低いことのほうがよほど危険で、意識を喪失することもあるということを知りました。糖尿病の知識がありませんでしたから、ぐったりした寿々の様子を見てもさしたる危機感を抱かずにいたのですが、あの時の寿々は低血糖の状態に近かったのかもわかりません。あるいは、ケトアシドーシスによる意識障害があったのかもわかりません。2日目は少しだけ元気を取り戻していて、寿々本来の反応を示してくれました。
3日目、病院ではほとんど何も食べてはくれないという医師の言葉に驚き、朝夕2回の食事の差し入れを開始しました。もしかすると、ほとんど何も食べない状態でインスリンを打たれていたのかも・・・。差し入れよりも何よりも、その時点で医師を説得し、家に連れ帰るべきだったのかもしれません。なぜその智恵がまわらなかったのでしょう。
獣医師夫妻も言っていたように「寿々ちゃんは気を遣う猫」でした。もっともっとわがままで、心の内をはっきり表現する子なら、少し元気を取り戻していた3日目、4日目にきっと帰りたいと主張していたに違いありません。寿々の入院のストレスを感じ取ることさえできれば、即刻連れ帰っていたでしょうに、獣医師夫妻にも懐いているような、そんな大人しい良い子を演じていた寿々に、鈍感な私たちはすっかり勘違いをしてしまったのです。「いい子で、もう少しだけ病院にいるのよ」と頭を撫ぜた時、私の顔をじっと見つめていた寿々・・・ごめんね。帰りたかったんだよね。
退院を遅らせてしまったもう一つの理由は、ただただ私の身勝手によるものでした。ちょうど音楽活動が忙しい時期とぶつかり、退院してもすぐには自宅でインスリンの管理をしてあげられそうにないという、そんな理由を掲げ、一週間の入院を許してしまったのです。これは取り返しのつかない過ちでした。命と真剣に向き合うということ、それはどんなことよりも優先されるべきことだったのです。
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写真は小牧(こまき)。病気になっても、薬ひとつあげられそうにない小牧。もう3年近くなるというのに、3匹の兄弟中ただ一人だけ心を許してくれない。猫ってほんとうに不思議な動物。
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ピンクオバサン
2010年03月30日(火)
寿々の病気の経緯をたどるのは思いのほか気が重くなる作業で、ひとつひとつの場面を思い出しては、あの時ああすれば良かった、この時こうすれば良かったの連続。読んでくださっている方も、なんだか暗いブログねえと思われているに違いない。で「閑話休題」…といっても話題がまったくかけ離れているわけではなく、だからそれほど明るい内容でもないのだけれど、どことなく滑稽な出来事。
寿々が天に召された翌日のこと。寿々の亡骸を伴って、自宅から車で30分ほどのところにある、とある動物霊園に行った。今まで利用していたところがどうにもお粗末な施設だったので、もう少しマシな所はないものかとネットで調べていたら、写真に写るその霊園、庭もなかなかゴージャスだし、お彼岸の時などかなりの賑わいを見せているようで、これなら大丈夫かもと、現場も見ずに予約をしてしまった。
行ってみると、そこは個人の敷地の中にある動物霊園。個人の表札がかかっている大きな門から中に入ると邸宅があり、その横に駐車場。霊園は奥の方にあるようだったので、車を止めて小高い丘を登り、それらしい建物の前で、あらかじめ連絡を取っておいた女主人を探した。個人宅といっても何万坪もあるらしい敷地、人の姿なんてどこにも見当たらない。後で女主人に伺うところによれば、庭の中に東京電力の電柱が12本(あれ?24本だっけ?)立っていると言う。庭に電柱。
で、それらしい建物というのが当の動物霊園の「事務所」で、それがなんとも、言葉には言い表せないほどの乱雑ぶり。床には青だのピンクだのの毛布(絨毯じゃなくて毛布)が敷き詰められていて、公園の隅に立ち並ぶダンボールハウスといいとこ勝負なんだもの。おまけに庭園に鳴り響く「童謡」は音量がバカでかく、木々にクギで打ち付けられている看板には、亡き飼い犬・亡き飼い猫を偲ぶ俳句が書かれているのだけれど、夫が言うには、俳句というより演歌の歌詞だよね。
魔界に潜り込んでしまったような光景にうろたえていたら、突然、ピンクの上下のジャージに身を包み、足にはピンクのスニーカー、頭には、これまたピンクの大きなリボンをつけた、60歳を優に越えていると思しきオバサンが現れた。「こっちこっち!」と、辺りに響き渡る大声で私たちを呼ぶ。この人???そう、一風も二風も変わったこの人が女主人。「いい音楽かかってるでしょ、センスがいいいんだよ、ここはさ」だって。寿々を連れて早々に逃げ出す体勢を整え始めたものの、オバサンの迫力に負けて帰るに帰れない。
オバサンがちょっと姿を消したスキに、寿々の頭を撫ぜながら「寿々ごめん、すごいカルチャーショックだよね。ほんとうにごめんね、ママたちもびっくりしてるのよ」と。「シッ、聞こえてるよオバサンに」と夫が私を制するけれど、でも、当の夫は私よりカルチャーショックを受けているらしく、言葉数がいつもよりずっと少ない。
儀式もどことなく異様で、オバサンはもしかすると「魔女」なのかもしれないと思ったり。支払いを済ませて帰ろうとするとオバサン、「あんたら~、このまま帰っちゃだめなんだよ。下に○○ちゃんて犬がいるからさ、お座りさせて、ご褒美にこのビーフジャーキーをあげて、頭撫でてから帰るんだよ。あの子と仲良くなってから帰んな~」。大きなお屋敷のウッドデッキにつながれている、これまた見事なピレネー犬に挨拶をしてから帰れと言うのだ。
夫は大きな犬が苦手、ジャーキーを手にこわごわ「お座り、お座り!」を繰り返すのだけれど、賢い犬はへっぴり腰の夫の言うことなんて聞きやしない。元犬遣いだった私が後を引き受け、難なくお座りとお手をさせ、ご褒美にジャーキーをたんまりあげてようやく帰路に着くことができた。
この28日にはお彼岸供養があって、お塔婆を頼んであったのでとりあえず出かけはしたものの、1時間かかるという法要はすっぽかし、ほうほうの体で逃げ出してきてしまった。でもこのオバサン、どこか憎めない。それどころか人望があるらしく、当日は大勢のボランティアと参拝客で大変な賑わいだった。
なんとも妙な経験をしてしまったけれど、一番驚いていたのは寿々だったかも・・・。
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(写真):我が家のオバサン猫、美意子(みいこ)。
ピンクの首輪をしているけれど許容範囲。
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こうなったら、気功しかない!
2010年04月05日(月)
また、寿々のこと。一週間の入院を経て退院した寿々。その後も毎日病院に通いながら、医師の指示に従って朝と晩インスリンを打ち、自宅で養生していたけれど元気になる気配がない。それどころか日に日に弱っていくようにしか思えず、医師に相談すると「そろそろ自宅での輸液なども考えましょうか」とだけ。ついに退院2週間後、朝の食事を与えていたら(インスリンを打たなければならないこともあって、強制給餌をしていた)いつになく激しい嘔吐に見舞われてしまった。寿々は普段からよく吐く子だったけれど、その時の嘔吐はいつもと違って、なんとなく悪質な感じのするものだった。
その後様子を見ていると、なんとか夫の後を追って階段を登るものの足がヨロヨロ、部屋に入るなりぐったりと床にねそべってしまう。もしかするとまたケトン体が出ているのかもしれないと思い、トイレに入った寿々の足下に小さな容器を入れて採尿、それを持って、これまでの頼りない病院はやめにして、ちょっと遠くなるけれど、近隣では評判が良いとされている動物病院に連れてゆくことにした。なるほど熱血医師。
熱血医師、ケトン体が出ているうえに肝臓の数値も悪化していると言う。「なにかストレスがあったのかな…」という医師の呟きが、今も忘れられない。血糖値に振り回され、強制給餌だの血糖値測定(人間用の血糖値測定器を買い込み、数時間置きに数値を記録していた)だの…。体力の衰えていた寿々を一日中追い掛け回していたのが、寿々にとってはストレスになり、かえって病状を悪化させてしまっていたのかもしれない。たぶん、退院後毎日病院に連れて行く必要もなかったのだと思う。
ケトン体、尿糖ともに最悪の数値で緊急入院した2日目の夜、お見舞いに行くと、昨日まではなんとか立ち上がっていた寿々が、意識もなく横たわっている。名前を呼んでも反応はなく、どうみても危篤状態。うろたえてしまい、必死で「寿々ちゃん、今すぐお家に帰ろうね」と呼びかけていると熱血医師、「ものすごい吐き方をするこの状態を、冷静に家で看ることなんてできますか?」と。
でも、このまま病院で死なせるわけにはいかない。明日、退院させますと言い残して帰宅した。どの道をどうやって走って帰ったのかもわからない。家にたどり着くなり、「寿々ちゃん、もうだめだと思う」と夫に泣きついてしまった。熱血医師の見立てではあと3~4日がヤマ。それから2週間もがんばってくれたのだけれど、ほとんど意識のないままだったから、さながら「植物猫」。
意識のない寿々に毎朝毎晩、夫が輸液をしてインスリンを打ち、その後私が、ドロドロに柔らかくしたフードを指先につけ、1時間かけて口の中に入れてあげて、なんとか命をつなぎとめていた。その間、動転してしまうような嘔吐が何回かあったけれど、生きていて欲しい一心、めげてなんかいられない。残されているのはたぶん「奇跡」だけ…心のどこかでそう思ってはいたけれど、熱血医師の「あきらめないで」の言葉に励まされながら、なんとか気持ちを奮い立たせていた。
そんなある日、夫がその昔ほんの少しかじったことのある「気功」を思い出し、寿々の体に「気」を送ってみた。すると寿々の体が反応する。気功?そうよ、気功よ気功!!すぐにネットで調べると、車で1時間ほどのところに、鍼灸や気功を治療に併用しているという動物病院がある。早速電話をして、今からすぐに連れていきたいと言うと、「危篤状態の動物に気を送ると、かえって今残っている気を使い果たして死んでしまうことがあるので勧められない」と電話に出られた獣医さん。その代わりに少しでも猫ちゃんが楽になればと、ペットにも効くという肝臓のツボと吐き気のツボ、その他にもいろいろなツボを教えてくださった。
でもあきらめきれない。どうしても寿々を助けたい、それ以外には何も見えなくなってしまっている飼い主。気功の先生をなんとしても探し出さなくちゃ。溺れるものは藁をも掴むという言葉があるけれど、あの時の心境は、水の上に浮かぶ塵芥だって救命ボートに見えてしまうといった感じだった。「遠隔気功」のできる先生、ペットに気功が施せる先生をひたすら探し続け、ようやく見つけてからは、気功三昧の日々を過ごすことになった。
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写真:亜依子の「巣」は楽器ケース。この写真以後、寿々の介護に専念するためにケースの蓋を開けることはなく、演奏会も一世一代のドタキャン。さすがに猫の介護とは言えず、「一身上の都合」ということにしたけれど・・・。
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気功で意識が戻る・・・?
2010年04月12日(月)
(寿々の気功の話に戻ります)
現代医学では、もうこれ以上打つ手がなくなってしまった寿々、こうなったら気功しかないということになり、ネットで気功の先生を探すことにした。条件は「遠隔気功」ができること、そして、人間のみならず猫にも「気」を送れるということ。
一人の男の先生が候補にあがり、早速電話で寿々の気功をお願いしてみた。先生に寿々の状態を説明すると、開口一番「寿々ちゃん、真っ黒に見えますね」とおっしゃる。黒というのはなんとなく不吉な色、もうダメなんでしょうかと聞くと、「黒というのは、病気と必死で闘っているところなんです。もうダメという時には真っ白というか、透明に近い色になるんですよ」と。
話し方が誠実そうだし口調も丁寧、なによりも猫が好きそうな印象だったのでお願いすることにした。遠隔気功の方法は電話を使って1日に1回か2回、20分から長い時には1時間かけて気を送り続けるというものだった。人間の目には見えない「気」を操るのが気功、いざとなると、ほんとうに効果があるのだろうかと一抹の不安…どころか、かなりの疑惑を抱えながらの依頼となった。
ところが夫は…。夫の専門は化学、本来なら非科学的なことは一切否定するところなのだけれど、なぜか、こういう目に見えないものに対しては私以上に熱心なところがある。「気」はエネルギー、だから遠隔気功も十分にありうると、先生との電話での会話を楽しみながら、寿々の気功にせっせと励んでいた。
興味深かったのが、この気功の先生の得意技ともいえるアニマルリーディング。寿々はもう意識がなかったのだけれど、「もっと生きていたいと言っていますよ」とか、「今の環境は快適だと言っていますよ」とか、「もう、ごはんは食べたくないと言っていますよ」とか、その時々の寿々の気持ちを逐一伝えてくれる。寿々の体の中に入って会話をするのだそうだ。その言葉のひとつひとつを真正面から信じてしまうほど、私の心は素直ではないけれど、でもひとつだけ不思議なことがあった。
夫が気功の先生と電話で話している時、少し離れたところで寿々の耳元に「寿々ちゃん、がんばってもっと生きようよ、ママたちは寿々とまだまだ一緒にいたいんだもの、ね、がんばれるよね」と私が囁いていると、その声など聞こえるはずのない気功の先生が突然、「あれっ?寿々ちゃん、もっとがんばって生きてみるって言いはじめましたよ。さっきまでは、もういいって言っていたのに。いったいどうしたのだろう」と。
その翌日のこと。意識のまったくない寿々の口元に水の入ったお皿を近づけると、今までのことがまるで嘘だったかのようにぱっと目を見開き、不思議そうに辺りを見回す。意識が戻った…。あわてて膝の上に抱きかかえ、「寿々、帰ってきてくれたの?!」そう言うと「ウン」と一声。それからは、夫の呼びかけにも「ウン」と言ったり、しっぽで応えてくれたり。2週間ぶりに寿々と私たちは言葉を交わしたのだった。
もしかすると、これが神様が与えてくださるという、死の間際の束の間の別れの時間なのかもしれないと、私はとても切ない気持ちだったが、夫は心底、気功のお蔭で生き返ったと思ったようで、嬉しそうな表情を見せていた。それから数時間後、寿々は再び遠い世界に向かって歩き始め、今度は二度と帰ってくることはなかった。
再び意識が遠のいたその時、気功の先生がポツリ…「寿々ちゃん、花が咲いているきれいな野原で楽しそうに遊んでいますよ。そっちに行っちゃだめだって言ったのに」と。
信じるものは救われるというのなら、その言葉を信じてみよう。病の苦しみから解放されて、野原で楽しく遊ぶ寿々。
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写真:にゃ三郎は大きな図体をして一番の甘えっ子。樹里絵母さんと一緒に寝たい気持ちはわかるけれど・・・。
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プロフィール
鈍行列車の「ちゅうちゅうとれいん」はいつも満員(ふ~っ…)!時々燃料切れを起こして更新が滞ることがありますが、どうぞ末永くおつきあいくださいネ。姉妹編の「あけみ参上つかまちゅり~」もよろしくお願い致します。
Cast

樹里絵(jyurie):1998年生まれ。マイペースで世話が焼けません。性格温厚で超パパっ子。

桃之輔(momonosuke):1999年生まれ。甘えっ子ですが、ものすごく臆病で、ほとんど一日中、布団の中に隠れています。

亜依子(aiko):2000年生まれ。自己主張が強くて偏屈ですが、そこがまた可愛いいんだなあ。超ママっ子です。

真美(mami):2005年生まれ。外見はタヌキそのもの、性格は犬そのものです。才気煥発で気性が激しい。

美意子(miiko):2005年生まれ? 歯を見ると6、7歳…本当は何歳だろう?一日中、文句たらたら言っています。

奈々(nana):2001年生まれ。ようやくノラっぽさもなくなり、明るい陽気な子になりました。
明美(akemi)にゃ三郎(nyasaburou)、小牧(komaki):2007年生まれ。仲良し3兄弟。毎日楽しそうに暮らしています。

里音(satone):2009年8月保護。どんな生い立ちでどんなニャン生を過ごしてきたのか、それは謎です。未来を生きる猫!

寿々(suzu):1994年12月~2010年3月12日。パパの仕事部屋に入れた唯一の子。人の気持ちがよくわかる、とてもとても頭の良い子でした。

福太郎(fukutarou):1997年4月~2008年3月20日。陽気で甘えっ子。抱っこされるのが大好きでした。お母さん代わりだった寿々との再会、「欣喜猫躍」していることでしょう。
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