国民的人気って?
2008年08月03日(日)
『めくらまし内閣』あっ…いや『安心実現内閣』の船出。目玉は、時期総理候補と言われている麻生太郎氏を幹事長に抜擢したことらしいが、麻生さんを評して、どの新聞も「国民的人気」という言葉を接頭語に用いていて、その暑っ苦しいこと。
「国民的」っていったい何のことかと、ただでさえ回らない頭、この暑さでほとんど回路がぶっちぎれているこの頭で考えてみたが、回答は出ず。国民って・・・一応私も国民だもんなあ。そんな矢先、政治ブログ『とむ丸の夢』さんでも同じようなことが話題になっていた。
「解せないのが、「国民的人気」という言葉が麻生太郎氏の枕詞になっていること。アベ首相登場の時にも盛んにそう喧伝されて首をひねったものなのですが、考えてみれば国民の大多数がこぞって一政党人にすぎない人物をもろ手を挙げて支持するということ自体、おかしい、というより気味が悪い。それを考えると、「国民的人気」という言葉は質の悪い表現だな、と思ってしまう。」(2008.08.02『とむ丸の夢』から引用)
ほんとうにそのとおり。コイズミ元首相の時も、権力に対峙すべきジャーナリズムが、こぞってコイズミ氏を「国民的人気」があるかのように言い立て、結果として国民の判断を誤らせた。最近ではちょっと小粒だが橋下大阪府知事。
彼らのやり口は、揃いも揃って「敵」を作り、その敵があたかも国民の敵そのものであるかのように喧伝して、自らの政策の正当性を強調しようとするやり方。しかし彼らが名指し糾弾する「敵」は、本質的な政策の変革からはおよそ遠く、その影で、さまざまな利権・腐敗(これこそが強力な敵のはずなのに)が温存され続けているというのが真相。
朝日新聞はここ数日橋下氏の特集を組んでいたが、およそ好意的。私の登録している某メーリングリストでは「文化・福祉予算への大鉈で、最近、何かとマスコミを騒がせている大阪の「緊縮財政」。いったい、このままで良いのか?大阪の文化を何とかしたいという思いを持っているメンバーが集まります。是非、応援に駆けつけてください。」という、文化を切り捨てる橋下氏、それを是とする府民への危機感を持った人たちが、切実な思いを発信し、行動を起こそうと呼びかけているというのに。
いいかげんにせんかい、マスコミ!(と思わず言いたくなるよなあ・・・)。「国民的人気」という言葉は、ヒトラーのような極悪非道の悪党を生み出す装置のひとつ。それがどういう結果をもたらすかについては、いまさら言うまでもあるまい。「国民こぞって」、「国民が一丸となって」…この言葉がどれほど危険なものか、もう一度歴史を紐解いてみてはどうか。
写真:(上)竹やぶ三兄弟は、いつも「一丸」となって破壊行動をする・・・。(下)サビちゃんはこの暑さでも平然と過ごすクールな猫。
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プロフィール
ジュリママと猫たちを乗せて走る鈍行列車のちゅうちゅうとれいん。車窓から見える風景を、気ままに書き綴るブログです。あけみちゃんの絵日記、『あけみ参上つかまちゅりーっ!』もどうぞよろしく。どちらもボチボチの更新ですが、末永くおつきあい頂ければ嬉しく思います。

