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あけましておめでとうございます!

2008年01月03日(木)

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昨年はブログを通じて、いろいろな方とめぐりあうことができました。どの方も心優しい、そして繊細な方たちばかりでした。お会いしていない方たちとの不思議な繋がり、不思議なご縁をこれからも大切にさせて頂きたいと思います。今年もどうぞよろしくお願い致します。

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写真:(上)猫勢ぞろいでご挨拶!(左)にゃあちゃんは、眠りながら「招き猫」。


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ルネッサンス?

2008年01月11日(金)

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昨日は、3年間所属していた某大学院の研究室の新年会だった。といっても、実際に修士を取得したのは別の大学。こちらはA教授の教えを請うために門を叩き、研究生という肩書きで所属していた研究室。研究の醍醐味を味わったのはむしろこちらのほうで、数々の素晴らしい教授との出会い、学会との関わりなども、この研究室あればこそのことだった

研究室の学生は私の子供の世代ほどの若さ、A教授と私がほぼ同じ世代で、暗い研究室での細かい文字に右往左往していたのは教授と私だけ。昨日も飲み屋さんの細かいメニューが見えないと呟く2人のために、若者が大きな声でメニューを読み上げてくれた。

学びにきている学生の国籍もいろいろで、中国、韓国、インド、チリ、モンゴルなど。普段あまりおつきあいをする機会のない国の学生との会話は、国民性の違いが如実に現れ、時に戸惑うこともあったが、実に楽しくもあった。

教授が他大学に移動されたため、散り散りバラバラになって2年。その後、博士課程に進学したり、就職したりという近況報告が続いたが、新聞などでも話題になっているように、大学院は出たけれど…という時代。

修了後に、能力を活かした生き方をしているのはほんの僅かで、特に博士課程に進学した面々は、論文を書き上げることができず、在籍期間を延長するために、「休学」制度を利用して時間稼ぎをしているという。まさにモラトリアムのオーバードクター。

会いたかったインドの友人が来なかったのにはがっかりしたが、「Bさんは今、休学して肉体労働をしているのよ」と。宅配便の仕分け作業をしているらしい。当時から生活を支えることに必死だったが、今も状況は変わっていないようだ。どうか無事博士論文を書き上げ、祖国に帰れる日が来ますように。中国の友人は日本企業に就職が決まったというから、彼も日本で活躍の場があるといいのだが。

「私は、今月いっぱいで現職を退職して、フリーターになることにしました。1年半という短い正社会人生活に別れを告げ、現代社会の下層で生きていくことにしました」・・・こんなメールをMLに流してきたCさんは、下層という表現は過激すぎるとみんなに言われていた。人が「生きる」という行為を「上層」「下層」に分けることに、なんの意味があるのかと思うが、心底そう思っているふうだった。

Cさんは苦学して修士課程を修了した人だった。彼女ばかりではなく、ほとんどが親元を離れて暮らしていたから、彼らの生活を案じてA教授はずいぶん労を尽くされていた。A教授は研究者としての実績もさることながら、教育者として実に尊敬できる方だった。

私もこの教授の熱心な指導のおかげで、新たな、しかも衝撃的な研究テーマにめぐりあうことができた一人だった。時に「こんな論文を書く頭の中身が見てみたい」と厳しく言われたこともあって、その時ばかりは鬼に見えたけれど。

去年はキワドイ低空飛行で、このまま墜落してしまうのではないかと思えるほど。脳内メーカーとやらで脳を覗き見れば、きっと「鬱、鬱、鬱、怠惰、怠惰、泣き言、泣き言」と書かれていたに違いない。なんと非建設的だったことか。

A教授、そして若い仲間と久しぶりに会い、話しをしていて心に浮かんだ「再生」という言葉、たぶんこれが今年のキーワード。

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写真:(上)研究室の年齢差はこれぐらい?14歳のちりりんと3ヶ月の子供達・・・。(話題が変わっても猫)(左)お正月元旦は毎年、栃木県鹿沼市にお札を頂きに行く。筑波山を通り過ぎるとき、いつも新しい年を実感する。


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赤い糸

2008年01月15日(火)

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1月11日は私たち夫婦の22回目の結婚記念日だった。外で食事をすると思う存分飲めないからと、毎年自宅で、2人だけのワインパーティーを開いてお祝いをしていたのだけれど、今年はなんとなく雰囲気を変えたくなって、近所のイタリアンレストランでディナー。

こんな田舎にもちょっと洒落たお店があって、このイタリアンレストランのオーナーは、いつ行っても丁寧に接客をしてくださって気持ちがいいし、お食事も、見た目味ともに申し分ない。

車でしか行けない場所なので、いつも飲むのをがまんするのは、ワイン一本飲んでも酔わないという運転手役の妻のほうだけれど、今回はお祝いということで一口。といってもほんの50ccぐらい。それでもめでたさゆえか、コトの外美味に感じた。

22年なんてあっという間。世に言う「適齢期」をとうに過ぎていたというのに、結婚なんておよそ考えてもいなかったヒトと、ひょんなことから一緒になったもついこの間のことのよう。マンションに遊びに行くと、いつも、キッチンに大量にぶらさがっていた「靴下の干物」がまだはっきりと目に浮かぶし、柔和な笑顔で迎えてくれた姿もそのまま。

結婚を特別に意識していたわけでもなく、会えば趣味の音楽の話ばかり。大抵音楽仲間が一緒にいて、2人きりで会ったことなどほとんどなかったから、どうして結婚することになったのかと聞かれても、本人でさえ説明することができない。理想の家庭像なんて語り合うこともなく、いつの間にか結婚していた。

結婚をして初めて、お互いが「子供」 の存在を生涯の生活設計に組み込んでいなかったこと、猫が好きだということを知った。一切の詮索をしない夫の性格は今もそのままで、妻の心の奥底に、土足で踏み込んでくるようなことをしたことはなく、さりとて無関心なわけでもなく、心底優しい。

だから、どんなに親しい友人にも夫を悪く言ったことはないけれど、夫の悪口を言わないというのは、私が少しばかり前時代的な、古ぼけた妻だからなのだろうか。夫が台所に入るのもだめ、ゴミ出しもだめ、家事一切に触れることまかりならないというほどの・・・。

男が外で思う存分仕事をするために家庭を守るという、そんな妻が理想なのよと言うと、夫は、「自民党御用達の妻だね」と冷やかす。

なるほどね、男が戦場に行き、女は銃後を守る・・・自民党が泣いて喜びそうな話かもしれない。でも、私が自民党を支持するなんて、後にも先にもありえない話で、ジェンダーフリーを目の敵にしているわけではなく、けなげ(そう)な妻を演じる自分の姿に酔うという、単なるナルシスト。

結婚記念日の大盤振る舞いとばかりに夫を褒めたけれど、夫が「常識的な男」かと言うと、それはちょっと違う。組織に組することができず、だから常に一匹狼。しかもそれが平気な人。そんな人の妻である私もまた、「常識的な女」のはずがない。猫ならぬ、ヤマアラシ夫婦。「縁」は異なものだとつくづく思う。

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写真:(上)優しいのは猫にばかりではないけれど、でも、猫に見せる笑顔と妻に見せる笑顔とでは、絶対に質が違う、なぜだろう・・・。(左)これからもよろしく。


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プロフィール

ジュリママと猫たちを乗せて走る鈍行列車のちゅうちゅうとれいん。車窓から見える風景を、気ままに書き綴るブログです。あけみちゃんの絵日記、『あけみ参上つかまちゅりーっ!』もどうぞよろしく。どちらもボチボチの更新ですが、末永くおつきあい頂ければ嬉しく思います。

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