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月別:2007年12月

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満員御礼

2007年12月01日(土)

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まずは大きく深呼吸してご報告。3匹の子猫ちゃんたち、ついに我が家の養子として迎えることに決定しました。パチパチパチ!!

保護した時から、こうなるんじゃないかと「危惧」してはいたとおり。貰ってくださるという方もいらしたけれど、いざ養育してみると、1ヶ月半を過ぎたノラの子は人間に懐きにくく、貰って頂けるのは、他の子に比べて体が大きく、愛嬌のあるアケミちゃんぐらい。

ところが困ったことに妻ときたら<アケミ>ちゃんに真っ先に愛着が湧いてしまい、手放したくないと内心ウジウジ。利発そうな顔立ちと、柔らかくてきれいな毛並み。この子の毅然とした雰囲気が、なぜか我が家に幸運を運んでくれるように思えてならない。

結婚して初めて飼った「にゃあちゃん」にそっくりの茶キジの<にゃさぶろう>ちゃんは、夫がメロメロ。にゃあちゃんと一緒にみかん箱に捨てられていたチャコの後を追うように、12歳で逝ってしまったにゃあちゃんを、夫はコトの外可愛がっていたから、この子はにゃあちゃんの生まれ変わりだと盛んにクチにする。

もう1匹、キジ白の<小牧>ちゃんは、他の2匹に比べて食が細く、そのせいか体も小さく弱々しい。おまけに警戒心が人一倍強く、未だに人間の側に寄ってこようとはしない。この子を飼ってくださるとしたらかなり殊勝な方、しかも猫育ての熟練者。いっそ3匹まとめて飼ってくださる方があればとも思うが、まさかそんな方がいるはずもない。

先住猫さんのほとんどは10歳を越えていて、だからあと10年もしたら寂しくなるわねえ、と話していた矢先だったから、この子たちを飼えばあと20年近く、猫のいる生活が保障される。満更悪い話でもないか。唯一の心配はこれから20年、夫婦共々元気で暮らしていけるだろうかということ。

友人のご近所に猫好きの一人暮らしのお爺ちゃまがいて、家の内、外でかなりの数の猫を飼っていた。次第に病気がちになり入退院の繰り返し。その間、友人が猫の面倒を見てあげていたのだけれど、ついにその方が亡くなると、後を見る人もなく、猫ちゃんたちは哀れにも保健所行き。その時に捕まえられなかった子だけが残ったとか。

そんな話を聞くと、最後まで面倒を見るという飼い主の責任がヒシヒシ。図々しくも、夫婦健康でいつまでも長生きをするつもりではいるけれど、それでも一抹の不安。どこかに、老夫婦が残した動物の面倒を見てくれるような愛護団体はないものかしら。猫の一生分の養育費+αを託して。

そんな折、目にしたのが動物病院に置いてあった愛犬雑誌。そこに紹介されていた動物愛護団体なら、組織も理念もしっかりしていそうだからと早速ネットで調べてみると、これが・・・。

野良猫対策については「地域猫」を推進していて、そのための捕獲、避妊手術など、精力的な活動を展開している。でも、どうもひっかかるのが、捕獲をした段階で、身体に障害などがあり、手術後、地域に戻しても生存が困難と思われるものに対し、「安楽死」を選択しているということ。

障害を持ってノラとして生きるのは苦難・苦渋の道、猫にとって幸せなことではない、ということを安楽死を正当化する理由にしているけれど、果たしてそうなのか。人間がノラちゃんに対してできるのは、共存のための手助けで、生きる権利を奪うことではないように思うのだけれど。

ブログを書くために正確を期そうと、当のA愛護団体のサイトをもう一度確認したが、野良猫対策の項目だけ、なぜかアクセスすることができない。システム上の問題なのか、あるいは同じような感想を持った愛猫家からの批判にでもあったのか。

数年前、我が家の庭に両手が内側に曲がり、歩行がかなり困難な猫ちゃんが時々やってきた。物を食べる時、口を痛そうにしていたから難治性の口内炎に罹患していたのだと思う。ある日、珍しく顔を見上げて「にゃー」と鳴くので、急いで鶏肉を煮て食べさせてあげたけれど、口に入れるのがやっと。一口二口食べて姿を消し、それきり二度と現れない。

A愛護団体なら、この子の幸せは安楽死だと主張するのかもしれない。独特の歩き方は、「健常者」といわれる人間の目には重大な障害を抱えているように見えたし、満足に食べることのできない口内炎を持っていたから、生きるのも並大抵ではなかっただろう。人間の幸・不幸の判断基準に照らせば「不幸」ということになるのか。この子は懸命に生きようとしていたのに?

A愛護団体になんらかの寄付をし、「ウチの子を頼みます(…カクっ…)」なんてことになった場合、老いた我が子に残された道は安楽死ということになるのかしら。特に、口に障害のあるムメモちゃんの命など、まったく保障されないだろう。なんてこった。

動物愛護団体の活動形態は多様だし、愛護という言葉の定義も様々。それぞれの団体が良かれと思う理念、信念を掲げて活動しているけれど、そこにはちょっとした落とし穴もある。「NPO」という民間活動が盛んになるにつれ、その活動の問題点として、組織が良かれと思うことの「ひとりよがり」の危険性が指摘されるようになった。動物愛護団体も然りというわけ。

やれやれ・・・託す先は思いつかないが、「老夫婦」になるまでの道のりは遠い。先のことはおいおい考えるとして、とりあえずは3匹増えた大所帯、賑やかに楽しんで暮らすことにしますか。

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写真:(上)チリリン「飼ってもらえることになったの?」アケミ「・・・みたい、エヘッ」(左)にゃあちゃんにそっくりのにゃさぶろう。一番のおチビ、小牧(こまき)は写真に撮るのもちょっと困難なので今回はパス。


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メロメロ

2007年12月02日(日)

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とにかく、かわいくってアップせずにはいられませんものですから、はあ・・・親ばか。

アケミちゃんはしょっちゅう一階に降りてきては、腕の中に抱かれてグルグル言っています。先住猫さんにシャーッと言われようが、ペシッとされようが知ったこっちゃない。とにかく楽しくて仕方がないようです。にゃさぶろうと小牧は、そんなアケミの様子をソっと覗きにきますが、人間の姿を見ると「散れーっ」とばかり、あわてて二階の子猫部屋に駆け込んでしまいます。

兄弟で性格が違うというのは人間にはよくあることですが、猫も同じようです。別に親の教育なんてものは受けていないわけですから、3にゃんの性格の違いはもって生まれたものなんでしょうね。それにしても癒されます、メロメロ・・・きてくれてアリガトウ!

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写真:(上)アケミちゃん。(左)ジュリちゃんは子供好き。


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猫は御免蒙りたし

2007年12月05日(水)

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ピーンポーンとチャイムが鳴る。この間の保健所の一件以来、どうにもこのピンポーンが苦手になってしまい、思わずムスっとした声でインターフォンを取ると、「ご近所のTです」と。

ご近所といっても向こう三軒両隣ぐらいしか知らないから、名前を聞いても、どこのどなただかさっぱりわからない。「どんなご用件ですか?」と訪ねると、玄関口でしかお話できないと言う。またしても嫌な予感。

仕方なく門まで出てゆくと、見知らぬご婦人が立っている。改めて名前を聞かされ、つい一週間ほど前、自宅の駐車場から車を出す時にうっかり子猫を巻き込んでしまい、病院に連れていったというTさんだったことに気がついた。我が家の猫じゃないかと、問い合わせの電話があったっけ。

真っ黒で手の先だけ白い、生後6ヶ月ぐらいの男の子だというが、さて、見たことも聞いたこともない。手術の際に、飼い猫しか預かれないと獣医さんから言われたとかで、必死で飼い主を探していた。それほど大した怪我ではなかったようで、手術も無事に済み、経過は良好らしい。

・・・で?

Tさん「お宅でノラさんの面倒を見ていると伺ってきました。外で飼ってくださってもいいですから貰ってくれませんか?」

ジュリママ「いやです(キッパリ)、勘弁してください。今いる猫たちを守ってあげるだけで精一杯です。」(ノラの面倒って?どんな噂が流れているのやら。)

Tさん「今回の手術費用、今後の去勢手術の費用はすべて負担しますから。」

ジュリママ「そういう問題ではありません。もう猫は金輪際イヤなんです(あらら!)。どなたか里親をお探しになってください。」

Tさん「それじゃ、里親を探すことに協力していただけませんか?」

ジュリママ「協力はさせて頂きますが、お力にはなれないかもわかりませんよ。」

Tさん、人柄は良さそうな方だし、話も誠実ではあったけれど、ご自分で飼う覚悟はない。犬は飼っているが猫は苦手で、触れることさえできない上に、子供さん2人だか3人だかは猫アレルギーだと言う。すでに猫3匹を飼っている親戚からは、一時預かりはしてあげるが、飼うことはできないと言われたらしい。

猫思いの私にしてはやけに冷たい返事。子猫ちゃんの幸せのために一肌脱いであげたいところではあるけれど、キリがない。救えども救えども現れる猫。ボランティアとして活動しているわけでもなく、仕事の合間の猫助け。一人の手で救える命の数には限りがある。

おまけに、つい先日も自治会の回覧板に「猫の被害についての訴えがあるので、飼い主の方は気をつけてください」と書かれていたばかり。毎回毎回、よくもこう飽きずに書いてくるものだと感心するが、猫の害に悩まされると喚く人の執拗さに、こちらもいささかウンザリ。

猫を目の敵に日がな暮らす住民を相手に、猫との共存・共生を訴えることが、いささか億劫になってきてもいる。生きとし生けるものに向ける眼差しの違い、温度差を縮めるのは並大抵のことではなく、返ってくる言葉のひとつひとつを思うだけでも心がささくれ立つ。

Tさん、子猫ちゃんの幸せを探してあげてくださいね。たった一つの小さな命を守ることがいかに大変なことか、子供さんが学ばれるとても良い機会だと思います。だからこそ、お手伝いは控えます。

Good Luck !!

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写真:(上)駐車場の屋根で、のんびりとひなたぼっこをする田吾ちゃん。この光景を「のどか」だとは思えない人がいるなんて。(左)ぼけぼけ写真ですが、アケミちゃんの初「つかまり立ち」・・・って、赤ちゃんじゃないんだから^^


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にゃあちゃんが笑った♪

2007年12月06日(木)

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赤ちゃんが初めての笑顔を見せた時って、きっと親はたまらなくかわいいと思うんだろうなあ。愛情をたっぷり受けた赤ちゃんが、初めて親に見せてくれた笑顔の嬉しさとはまた違って、辛い幼少期を経て、自分の人生に希望を見出した子供が初めて笑ってくれたような、そんな嬉しさを、にゃあちゃんのこの写真を見ていると感じてしまう。

ずいぶん前のこと。知人が病院経営の傍ら児童養護施設も運営していて、そこの施設長とも顔見知りだったことから、どうしても人が足りないので、1ヶ月ほどお手伝いをしてくれないかと頼まれたことがあった。福祉の現場が人手不足なのはいずこも同じで、ここもご多分に漏れず、職員の出入りが激しい。

10年ぐらい前、母親の介護で心身ともに疲れ、どこか信頼できる相談機関はないものかと探したが、見つけることができず、それならいっそのこと自分で勉強してしまおうと、大学の社会福祉学科に編入し、「社会福祉士」の資格を取ってしまった。

だから、実際の専門分野とはずいぶんかけ離れている感じがするものの、福祉の現場に関わるというのもお門違いなことではなく、抵抗もなかった。

不安だったのは、老人福祉はなんとかなりそうでも、子育てをしていないから、子供の心理を理解することができるかどうかということ。机上の理論だけで子供の心など掴めるはずもない。

養護施設に預けられている子供たちの事情はいろいろだが、親のネグレクトや、親から虐待を受けている子供がほとんど。だから、満面の笑顔を見せてくれることなど滅多にない。

最初は心を開いてもらおうと、なるべく言葉がけを多くするようにしていたが、言葉に対する反応が少なく、上の空の子が多いことに気づき作戦変更。ことあるごとに抱きしめてあげることにした。泣いている時、喜んでいる時、寂しい時。どんな事も体ごと引き受ける。

どうやら子供達にとって一番嬉しいのは、何よりもギュッと抱きしめてもらえることだったらしく、抱きしめられた経験の少ない子たちは、最初戸惑いを見せていたが、そのうち自分から胸に飛び込んでくるようになった。

風邪をひいた5歳の男の子を抱きしめた時には、「風邪がうつるよ」と気遣ってくれた。「○○君の風邪なら喜んでうつってあげるから大丈夫よ。」と言うと、恥ずかしそうにぎゅっと首にしがみついてくる。その時に絡みついてきた細い腕の、か弱い力を今もまだ忘れることができない。

しばらくすると、なかなか心を開いてくれなかった子供たちが、笑顔で駆け寄ってきてくれるようになり、そのことがなによりも嬉くてならなかった。寂しくて、いつも泣き顔のまま過ごしていた女の子が、画用紙一面に絵を描いて持ってきてくれて、それを思いきり褒めてあげたときの、あの初めて見せてくれた笑顔も忘れられない。

笑顔を忘れた子供達が初めて見せてくれる笑顔には、「幸せ」がいっぱい詰まっている。猫と一緒にするなと厳しく叱られてしまいそうだけれど、保護された時、あれほど暗い顔をしていたにゃあちゃんが、こうして、まるで笑っているような顔に変化したのを見た瞬間、あのときの子供達の顔が次から次へと思い浮かんでしまった。

幸せになっているかしら。笑顔を分かち合える人とめぐり合って、うんとうんと幸せになってほしい。

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写真:(上)笑っている・・・でしょ?(左)保護して1ヶ月経過したころのにゃあちゃん。


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Adieu!・・・ ロミちゃん

2007年12月24日(月)

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外猫のロミちゃんがついさっき、天に登っていってしまった。お隣の娘さんが「猫ちゃんが道路に倒れていますよ」と教えてくだったのが1時ごろ。保護するためにバスタオルでくるもうとしたのだけれど、家猫と違って「腐っても野生」。人間なら危篤状態だろうに、もの凄い勢いで逃げだし、側溝に潜りこんでしまった。

溝といってもそこに水が流れていることはなく、普段は外猫たちの恰好の遊び場所。ところが今日に限って、ご近所さんが車を洗っていて水だらけ。あの体で水に浸かったらひとたまりもない。まず助からないだろうとは思ったけれど、手のほどこしようがなく、仕方なく家に戻った。

それから30分ぐらいすると、今度は猫仲間のご近所さんが「猫が道路に倒れているけど、お宅の子じゃない?」と。溝からはなんとか這い出したものの、そのまま倒れこんでしまったらしい。何事が起きたのかと向こう3軒覗きにきて、「かわいそうに…」と言ってくださる。中には、毛布を持ってきてくださる方まで。

野垂れ死にだけはさせたくなかったから、ケージを持ち出し、必死でその中に入れたけれどすでに虫の息。名前を呼べば耳だけは反応していたものの、それから2時間ほどしかもたなかった。

脇腹にすごい傷ができたのは今年の8月ごろ。かつて飼っていた子の乳腺腫瘍末期の症状にあまりにも似ていたから、乳腺腫瘍ではないけれど、たぶんいずれかの内臓にできた腫瘍が自壊したのだと思っていた。そんな、いかにも悪党ヅラをした深い傷だった。

病院に連れていける子ではなかったから、デジカメで患部を撮影して獣医さんに見せたところ、外傷が細菌感染によって悪化したか、あるいはリンパ腫などの悪性腫瘍が自壊したものだろうという診断。

内心、効果など期待できまいと思いつつ、ひとまず抗生物質を飲ませたものの、案の定、一向に良くなる気配はなく、日に日に状態は悪化していった。年を越すのは無理かもしれないと、密かに覚悟してはいたけれど、まさかこんなにも突然、お別れをしなければならなくなるとは思ってもいなかった。

チーズが大好きで、一昨日も喜んで食べていたし、昨日の朝はいつもと変わらず、焼いたまぐろをたくさん食べていたというのに。田吾ちゃんを撫ぜていたら、自分も撫ぜて欲しくて摺り寄ってきたのもつい昨日の話。

9年と半年。外猫としては長生きだったとは思うし、お腹を空かしていたこともなく、一応暖かい小屋もあった。だからそれなりに幸せだったとは思うけれど、それでもやっぱり外猫の暮らしは過酷。家の中で飼ってあげたかったとつくづく思う。ぬくぬくと家猫を謳歌しているジュリと同じ年だと思えばなおさら。

せめて生あるかぎり幸せであって欲しいと、精一杯可愛がったつもりではあるけれど、懸命に生きたロミちゃん、我が家の外猫暮らしを幸せだと思っていてくれたかしら。幸せだったよね、きっと、ね、そう思いたい。クリスマスイヴに天に召されたロミちゃん、あなたのことは決して忘れないからね。


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写真:(上)11月ごろのロミちゃん。玄関のドアの前でごはん待ち。(左)ロミちゃんの妹(姉?)。この子は9年間、怪我ひとつ病気ひとつせず元気に暮らしている。


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ちゅうとれ、生まれ変わります・・・たぶん

2007年12月25日(火)

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『ジュリとママのちゅうちゅうとれいん』にいらしてくださり、ありがとうございます。12月はコトの外忙しく、更新をサボりまくりました。その間を、やたら無為に過ごしていたというわけではなく(ホント)、実は、このブログの方向転換を図るべく、試行錯誤していました。

その結果・・・幸いにも(?)かわいい猫ちゃんがたくさん降ってきてくれましたので、猫ブログはその子たちに任せ、『ちゅうちゅうとれいん』は、ジュリママの筆の向くまま気の向くまま、その時々のいろいろな話題(もちろん猫の話題も)について書いてゆこうと思い立ちました。

猫ブログは『あけみ参上つかまちゅりーっ!』という、才気煥発なあけみの、絵日記ふうブログに譲ります。左のボタンをクリックしてくださると移動しますが、まだテスト段階ですので、記事はきちんとアップされていません。今年中には完成させますので、子年のお正月からご贔屓にして頂ければ幸いです。


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写真:(上)『あけみ参上つかまちゅりーっ!』のあけみです。どうぞよろしくお願いします。(左)あけみ3兄弟も無事成長し、ワキャワキャと、毎日大変な騒ぎです。


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プロフィール

ジュリママと猫たちを乗せて走る鈍行列車のちゅうちゅうとれいん。車窓から見える風景を、気ままに書き綴るブログです。あけみちゃんの絵日記、『あけみ参上つかまちゅりーっ!』もどうぞよろしく。どちらもボチボチの更新ですが、末永くおつきあい頂ければ嬉しく思います。

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