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コボ帰る

2007年09月04日(火)

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奇妙な唸り声をあげて庭に飛び込んできたチャチャが、それきり姿を見せなくなって数ヶ月。兄弟だったコボちゃんも同時にいなくなってしまい、何かの事故、きっと一緒に天に召されてしまったのだろうと、すっかりあきらめていた。

そのコボちゃんが今朝突然姿を現し、ニャアニャアと足元にまとわりつく。コボちゃんなの?と聞くとニャイと返事。独特の胴長長足、間延びした顔立ち、まごうかたなきコボ。

外猫が増えるのはもう勘弁だけれど、それでも、戻ってきてくれた子を歓迎しないはずはなく、魚屋さんから調達した中オチを焼く時間ももどかしく、家の中の子たちの缶詰をちょっと拝借しての大判振る舞い。今の今まで、どこでどうしていたのだろう。

もともと出自がノラだから、人にはそうそう簡単に懐かず、だから、飼ってくださるとしたらよほど奇特なお宅、家猫に昇格するなんてまず考えられない。それでも、いなくなった時の姿形と同じ、痩せてもいなければ、荒んだ様子もない。

猫は3軒の家と3つの名前を持っているというから、コボもあと2軒の家で、鰹節だのメザシだのチーズだのと贅沢三昧、名前もジョンとかシェーンとか(犬じゃないんだって)、だから、帰ってくる気になれなかったのか。

それとも、「愛」なんていうカッタルイものに全身全霊、一途にのめりこみ、しばらく我を忘れての放蕩三昧、我が家のことなど思い出しもしなかったのか。それにしては、恋に破れたという哀愁が漂うでもなく。

いずれにしても帰ってきたのにはそれなりの理由があってのこと、何も言うまい、何も聞くまい・・・お帰り、コボちゃん!

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写真:(上)手前がコボちゃん。茶キジのチビは田吾作。(左)チロ。チャチャがいなくなったのと同時期に体調を崩し、極端に痩せ細って心配したが最近ようやく回復。いつも一緒だったチャチャがいなくなって以来、表情の暗いのが気にかかる。


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第九を弾きに

2007年09月07日(金)

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少し前のこと、某オケの手伝いに借り出され、9月に演奏されることなど滅多にない、ベートーヴェンの交響曲第九番(合唱付)を弾いてきた。ベートーヴェンが大好きというご近所の奥様二人、聴きに行きたいと言ってくださったけれど、チケットは結構なお値段がするものの、演奏はあまりお奨めのできるものではなく、だから今回は遠慮させて頂いた。

だって、小さな演奏会なら2回は行けるほどのチケット代。上質のホールに大編成のオケと合唱団、それ相応の実力派声楽ソリスト陣。経費を考えれば仕方のないことだとは思うものの、どれだけの質の演奏会にどれぐらいの対価を払うか、音楽だって「消費」だもの、そこはしっかりと計算しなくちゃ。

もともとベートーヴェンの曲がそれほど好きというわけではなく、だから第九にも格別な思い入れはないが、それよりも第九の四楽章、あの馴染み深い『歓喜の歌』で(おそらく)万人が「感動」を共有するというその事象に全体主義的なニオイ、胡散臭さを感じてしまい、演奏をしながら身も心も引けてしまう。

1937年、ヒトラーの誕生日を祝う席で、フルトヴェングラーが指揮し、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が演奏した曲と、1944年にアウシュビッツの強制収容所、ユダヤ人たちがガス室で最後に合唱した歌、そのいずれもが『歓喜の歌』だったという事実を知れば、なおさら複雑な思い。

もともとサッカーやオリンピックのように、「国民」が一丸となる状況にはどうしても馴染むことができない天邪鬼。そこには必ず「国家」が介在するからで、その意味ではかなりのアナーキスト(・・・定義曖昧)。

本当はみんなで日の丸の旗を振りながらワイワイと騒ぎたいのに、ニヒリスティックな方がかっこいいじゃないと、それだけの理由だったりして?それじゃあ、まるきり猫。

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写真:(上)ヴァイオリンケースは猫の特等席。いつも占領されてしまい、練習を終えたヴァイオリンは行き場を失う・・・。(左)今は亡きアミちゃんもヴァイオリンのケースが大好きだった。


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捕まってちょうだいなあ!

2007年09月09日(日)

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田吾作ちゃんの母さんがまだ捕まらない。ごはんをあげる時にも滅多に姿を現さないし、たまに居ても、人間には決して近寄ろうとはしないから、「捕獲」するチャンスがなかなか見つからない。

あと10日のうちに必ず捕まえなくちゃ、と言っても、10日にさしたる意味はなく、なんとなく10日と決めているだけ。それでもこの期間限定、今まで外れたことがないから不思議。「気合」というやつかしら。

母さん、以前に比べればだいぶ近づくようになってきていて、だから今朝は「いい子ね、必ず捕まって病院に行くのよ」と言い聞かせたけれど、じーっと目を見つめていたから、いずれ覚悟を決めてくれるに違いない。…その前にお腹が大きくなってしまいませんように!

ところで避妊手術をさせるために捕まえたメス猫さんたち、相当に怖い思いをしているはずだから、病院から連れ帰った時には、もう二度と戻って来ないだろうと思いながら放すのだけれど、戻ってこなかった猫は今の今まで一匹もいない。むしろ人懐こくなって、ゴロンゴロンとお腹を見せたりする警戒心のなさ。

最近は共存のため、人里に下りてきた熊は捕獲し、爆竹を鳴らして脅したり、唐辛子のスプレーを顔にかけて逃がすという方法がとられていて、これを放獣(学習放獣)というらしく、お仕置きで人の怖さを学習させ、再び人里に近づかないようにさせることが目的とか。

それでも人里に戻ってくる熊がいて、きっと「都会の空気のほうが好きだべぁー」とかなんとか?そんな暢気なことを言ってる場合じゃない、二度目は捕殺。

お仕置きされても戻ってくる熊がいるぐらいだもの、猫のためを思ってのこと、その気持ちが通じればなおのこと、猫が戻ってきてなんの不思議もないか。それとも猫、思ったよりお人(猫)よしなのかも。

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写真:(上)お人(猫)よしの代表格、ミミちゃん。(左)手前の眼光鋭い猫が田吾作母。こうやってみると野生に近い感じだけれど、なんとか捕まってちょうだいね。


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刺す蜂、刺さぬハチ

2007年09月10日(月)

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玄関のドアを開けるとブーンと蜂。玄関先の庇の、無数に開いている通風孔から複数の蜂が出入りしているから、その中に巣があるのだろう。ちょっとほっそりとしたタイプの蜂で、どうやらアシナガバチ。巣を刺激しないかぎり刺さないそうだから、さほどの心配はないと思いつつ、それでも急いでドアを閉めてしまう。

庭には、アシナガバチより数段恐ろしいスズメバチがいて、サングラスでもかけていそうなゴツイ風体に似合わず、可憐なラベンダーの花が好きらしく、いつも花のまわりを飛んでいる。それだけなら一見のどかな自然の風景。

ところが側を通ろうものなら、ウィンウィンと迫力ある羽音を立てながら頭の上を旋回し、威嚇してくるから、まあその怖いことといったらない。特に夫は、なぜかいつも追いかけられるハメに(・・・熊)。

スズメバチは肉食、だから狙いは猫のごはんで、特にマグロが好物。前の家にいた頃は、スズメバチがそれほど怖いとも知らず、外猫のごはんに寄ってくる蜂に「ハチマル」という名前をつけ、ごはんよー、などと悠長に呼んでいた。

その時は‘敵’のオーラを発していなかったせいか、あちらも和気藹々、ブィーンと飛んできて猫と一緒に(仲良く)ごはんを食べていたのだけれど・・・。

今だって共存・共生が理想。でもご近所の友人、外に干してあった洗濯物をたたんでいたら、その中からスズメバチが飛び出してきて刺され、救急車が出動するという大騒動を起こしたことがあって、さすがに怖く、ついに蜂駆除の専門業者を依頼することしてしまった。ごめん、ハチ!

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写真:(上)2匹のハチワレ。刺される危険性ゼロ。(左)こちらは刺す蜂。スズメバチを写真に撮るのは極めて危険だとか。これは借り物(手抜き・・・)。


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蜂のいない庭

2007年09月11日(火)

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蜂の「駆除」(あまり使いたくない言葉…)を業者に頼み、作業終了。結構な時間がかかった。これでやっと庭に平和が戻った、と言いたいところなのだけれど、懸命に巣をつくっていた無数の小さな命を奪ったと思うと、どうにも後味が悪い。

玄関のドアを開ければ軒先から、庭を歩いていれば花陰から、どこから見張っているのか、間髪いれずに追いかけてきた蜂の、その姿も羽音も、何も見えず何も聞こえない。命を奪われて消えていったものの悲しみがつきまとい、心が重い。ラベンダーの花はいつものまま咲き続けているというのに。

人間という生き物、古来から「生きるために」という大義名分をふりかざし、自分にとって有益か無益か、あるいは無害か有害かという二項対立する基準の中で、あらゆる生物の生死をふるいわけてきた。異種どころか同胞に対しても同様で、それがあの悪名高き「優生学」へと繋がってゆく。

優生学の危険性は、人間の存在価値を「国家」の枠組みの中で決定づけることにあって、個々の人間の命は、国家の存続を条件に、自立できるかできないかという基準に則ってのみ肯定され、あるいは否定される。

自立能力を持つもの、要は生産性のある者だけが自由を享受する権利を持ち、そうでないものに対しては抑圧や暴力が正当化される。優生学者の定義する「低価値者」は、抹消的優生学の対象となり、それがヒトラーの出現を、ある時期正当化する理由ともなっていった。

(…で、突然の思い出し。日本版ヒトラーの現東京都知事、「府中療育センター」での重度障害者を視察後、「ああいう人ってのは人格あるのかね。経済性ってことだけに触れないと思うけど、やっぱり永久に採算合わないだろうし、安楽死とか考える人もいるだろうね」と。そんな人物を批判するでもなく受け入れる東京都民って?)

蜂といえども生きる「権利」、人間によって生死が決定づけられることに対し、どうにも違和感がぬぐえない。自らの手で命に価値をつけ、選別したことへの後ろめたさからなのか。

あらゆる生き物に対し、その存在を否定することなく、また否定による暴力への転化に加担することなく生きていきたいと思うのだけれど、生きるため、生きてゆくためには、何らかの命の犠牲の上に立つという大前提は、到底覆せないか。

蜂を駆除しただけでそんなことを思うなんて、ちょっとオーバーかしら。

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写真:(上)優生学で言えば、自力では十分にごはんを食べることができないムメちゃんは、たぶん淘汰の対象。けれど飼い主にとってのムメちゃんは、側にいてくれるだけで十分にその存在価値がある。いつまでも元気で長生きしてね。(左)ラベンダーは、昨日も今日も変わりなく・・・。


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逃げられちゃった!

2007年09月12日(水)

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千載一遇のチャンス、一匹でいることなんて滅多にない田吾作母さんが、珍しく一人でウロウロ。これは捕まえられるかもしれないと、猫おばさんの直感、物置からケージを運び出し、扉に仕掛けを施して中にごはんを置き、物陰から見張っていた。

母さん、しばらくじっと様子を窺ったまま、なかなか入ろうとしなかったが、空腹には勝てなかったらしく、ソロソロと用心深く中に入ってゆく。しっぽの先まで入った瞬間、それっ!と入り口の扉をガチャン。

捕獲大成功と思いきや…ケージを置いた場所がうっかりレンガの上、ぐらぐらとしていたから扉がしっかりしまらない。猛烈な勢いで暴れまくり、体当りされ、その勢いで扉が開き、まんまと逃げられてしまった。一生の不覚。

あんな怖い思いをしたのだもの、ケージには二度と近寄らないかもしれない。となると、今後の成功率は絶望的。獣医さんには予め、捕まえたら連れていきますと連絡をしてあって、その時に「捕獲器をお貸ししましょうか」と言われたのを、自信たっぷりに「いえ大丈夫です」と。今度ばかりは借りてこようか。

逃がしちゃったとクヨクヨ、全身の力も抜けんばかりにがっかりしていると、今日は、よほど動物が逃げる日らしく、安倍首相退陣のニュース。参院選の負け犬、ついに総理大臣の椅子を蹴飛ばして逃げ出そうというわけか。

国会動物園からは、ついこの間も防衛省の渡り鳥が逃げたばかり。ノラ猫さんが逃げるのは無理からぬことだけれど、国政をあずかるこの人たちの敵前逃亡って、どう考えても無責任じゃない?

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写真:(上)敵は頭上。逃げるに逃げられずミイちゃんは固まったまま。(左)動物愛護協会から教わった仕掛けをしたケージ。仕掛けがわからないよう、写真の範囲は小さくしてあります。


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猫のいる「松山庭園美術館」

2007年09月19日(水)

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千葉県八日市場市にある松山庭園美術館に行った。最初から美術館を目指してのドライブではなく、近くまで用事があっての帰り、「美術館」という看板に引かれて、思わず寄り道をしてしまっただけのことなのだけれど。

間違えたかと思うほど狭い山道、こんな田舎道の中に、本当に美術館なんてあるのかしらと心配になりだした頃、ようやくカラフルな、人目を引くオブジェが現れてきた。ところが、駐車場に車を止めて入り口を探しても、それらしい場所はなくて狐につままれたみたい。これが美術館?

入り口でチケットを買い求めて中に入ると、武家屋敷に入り込んだような錯覚、手入れの行き届いた日本庭園が延々と続く。あちらこちらに日本庭園とはおよそ不釣合いな、けれど不思議と景色に溶け込んだ、ガンダ(使い古して捨てられた鉄くずなど)で作られたユニークなオブジェが立ち並ぶ「野外美術館」・・・。

ここは、此木三紅大(このきみきお)が建てた美術館で(私設!)、アトリエもあると言う。はて、アトリエはどこにあったのだろう。駐車場のすぐ横の門で黒猫が目を光らせていたけれど、あの門の中の、窓にステンドグラスのはめ込まれた、瀟洒なレンガ造りの建物、あれがアトリエ?

庭園には茶室の他に、「見晴らし亭」と呼ばれる20畳ほどの座敷もあって、自由に入れる。ここにあがり込み、爽やかな風に吹かれながら、目の前の広大な田んぼと里山を眺めていると、娑婆の憂さなどどこか遠くに消えてゆく。

「人」と「消費」に一切関わりのない世界、社会から隔絶した空間の、なんという清清しいこと。もっともここは美術館でありアトリエ、悲しいかな、人も消費も無縁の世界ではありえないのだけれど・・・。

今の田舎暮らしは望んでのことだったが、それでも10年も住むと、文化から遠ざかってしまったこと、活動拠点への移動が、平均して2時間はかかるという時間のロス、そして都会ほどに無関心ではいられない人間関係が少しだけ煩わしく、そろそろ都会に戻りたくなっていた。

それなのに、改めて空と緑しか見えない空間を堪能してしまうと元の木阿弥。いっそ、もっと人里離れた所に住もうかという気になってしまう。庭園をゆったりと歩く猫に出会えばなおのこと。猫、猫と騒がれることもなく、自然の中に、当然あってしかるべき生き物として生きている姿の、なんという心地よさ。

出会った猫さんはシャムのようで、呼ぶとのったりと側にやってきた。たぶん此木さんの飼い猫なのだろう。猫がお好きなようで、異様に数の多い肋骨の、骨だけの姿で伸びをしている猫や、鉄を溶接しただけの無機質な塊なのに、緑の中で今にも歩きだしそうな猫が、庭のあちこちから姿を現す。

屋内の美術館に展示されていた100号は越えそうな油絵の、何百というコマに分かれた絵の中にも、楽器を弾く人たちに紛れて、たくさんの猫が思い思いのポーズで描かれている。

此木さんの作品はもとより、それ以外の収蔵作品を堪能するもよし、猫との出会いを期待して出かけるもよし、自然を満喫するもよし。「松山庭園美術館」のホームページhttp://www.konoki.com/index.htmlには、たくさんの芸術作品と猫ちゃんの写真。

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写真:(上)門扉の黒猫さんと、シャムちゃんがお出迎えしてくれた。(左)松山庭園美術館の入り口。


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捕まって、手術して、やーれやれ

2007年09月25日(火)

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田吾作母さん、絶好のチャンスを逃してしまったので、もう捕まらないかもしれないとあきらめ気分。それでも、なんとかして捕まえないと「猫算」、不幸な猫が増えるばかりだし、視界に猫の姿が増えれば目の敵にする人も増えるだろう。増えていいものもあるけれど、これはちょっと。

それが証拠に、ご近所は幸い動物好きが多いと安心していたのに、最近になって、10日に一回ぐらいの割合で、クレゾールと思われる薬液を庭に撒く家が出現した。原液を撒くらしく、その家に面した北側の窓を開けると、室内に刺激臭が充満して気分が悪くなってしまうほど。

こっそり覗くと花壇があって、そこにズラリと並ぶペットボトルと猫よけのトゲトゲ。一人暮らしの未亡人、心を癒そうと花を植えたその場所に、猫がウンチだのオシッコだのをするから気分を害し、誰から聞いたのか、猫よけにはクレゾールが効くと言われて撒いたに違いない。

ああ、どうしよう、早く捕まってネ、と祈る毎日。母さん猫、あれからさすがに用心して、ケージにはなかなか近寄らなかったが、空腹には勝てないらしく、せっせとごはんだけは食べにきていた。ところがチロと田吾作がいつも一緒にいるから、一匹になるチャンスがなかなかめぐってこない。

猫の番だけをして暮らすわけにもいかず、仕方なく、ごはんはケージの中でしか食べられないようにし、窓越しに、家の中からでも捕まえられるような仕組みを施して、待つこと数日。ある日の夕方、やっとのことで捕獲に成功し、病院直行と相成った。バンザーイ!

手術も無事終わり、2日後に連れ帰って庭に放したが、他の猫さんたちのように、以前より馴れるというふうもなく野生のまま。今はほんの数分間、ごはんを食べに庭に現れるだけで、後はどこでどう暮らしているのやら。でもまあこれで一安心か・・・。そう思いたいところだけれど、クレゾールにはしばらく悩まされるかも。

クレゾール、自治体によってはノラ猫対策として配布しているところもあるとか。でもこれ、 国際化学物質安全性計画(IPCS)が作成している国際化学物質安全性カード (ICSC)には、「環境中に放出してはならない」物質とあるし、日本芳香族工業会のMSDS(Material Safety Data Sheet)には、発ガン性、変異原性(DNA合成阻害)、皮膚吸収性、水中生物への毒性、燃焼すると分解し、有毒で刺激性のフューム(煙、蒸気、ガス)を生じるといった有害性・毒性が記されている。

経口毒性は劇物に相当するということらしいが、臭いからしていかにも毒々しく、尋常な心理状態なら使う気になど到底なれない代物。それをあえて使うというあたり、ニックキ猫を撃退するためなら身を挺してでも、というほどに追い詰められた心境なのか。

以前住んでいた家のお隣のお婆ちゃまも猫や犬が大嫌いで、同じくクレゾール派だった。庭に猫がウンチをする、門に犬がオシッコをかけると言っては、庭から門から道路から、一面に原液を流していた。その臭いを嗅ぐたびに、お婆ちゃまの荒れた心に吹く風を感じていた。

数ヶ月前、そのお婆ちゃまの家の前を久しぶりに車で通ると、家は影も形もなくなっていて更地。引越しでもされたの?と、かつてのご近所さんに尋ねると、数年前に大火事を出し、お婆ちゃまは火に包まれて亡くなったのだとか。

なんという運命、お気の毒にと思いつつ、クレゾールを撒きながら、憎々しげに動物を追い払っていたお婆ちゃまの姿を思い出し、なぜかふと、幸せだったのかしらと。その当時、お婆ちゃまが憎んだ猫も犬も、きっともうほとんど生きてはいないだろう。

お婆ちゃまも、犬も猫も、そしてあのクレゾールの臭いも、すべて遠い過去の中に消えてしまった。儚いこと・・・。

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写真:(上)あと数ヶ月したら、今度は田吾作ちゃん(茶キジ)の去勢手術。こちらは簡単に捕まりそう。(左)母さん猫。夕方撮ったのでブレブレ。人相(猫相)も悪く写ってしまったから小さいほうの写真に・・・。


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やまだのママさんからのプレゼント!

2007年09月27日(木)

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いつも遊びに伺っているブログ、『やまだのお部屋 猫7頭と暮らす幸せ日記』のやまだのママさんから、とーっても楽しいプレゼントが届きました。

実はこれ、ママさんのお宅の猫ちゃん7ニャンのうち、一番体重が重い子の名前と、その体重をあてるというクイズでめでたくトップ賞に輝き(!)、頂いた賞品なんです。

箱を開けると次から次に現れるタカラモノ、最後には、本物の猫ちゃんが飛び出してくるんじゃないかと楽しみに・・・あっ・・・いえっ・・・ドキドキしちゃいました。

クイズの解答ですが、一番重かったのはパンダ猫さんのナオミちゃんで、8.4キロという巨体ぶり!ちなみに『白いしっぽ』のねこぼーしさんのお宅のさん太さんは8.9キロとか。別に「巨猫ブログ」というジャンルを見ているわけではないのですけれどねー^^;

下にナオミちゃんの写真を拝借しましたが、茄子に比べると、その大きさのほどがよーくわかります。冬場になって布団にもぐりこんできたら、あまりの重さにうなされやしないかしら。

クイズは、やまだのママさんのお宅のボムボムちゃんが「難治性口内炎」に罹患していて、その治療に奔走していらしたのを、猫ブログ仲間が応援したことへの感謝企画でした。

やまだのママさんの、なんとかしてボムボムちゃんを助けてあげたいという強い思いと、そのための孤軍奮闘ぶりには感心するばかり。新しい治療方法が見つかり、ボムボムちゃんも元気に暮らしているようです、ほんと、よかったですねー。

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写真:(上)茶猫さんのはがき差しの中身は猫、ねこ、ネコ!(下)やまだのママさんのブログから拝借したナオミちゃんの写真。


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ショームに魅せられた日

2007年09月28日(金)

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知人のオーボエ吹きが楽器をショームに持ち替え、サントリーホールのオルガンレクチャーコンサート「支倉常長 伊達政宗がヨーロッパに遣わした一人の侍の旅」に出演するというので、出かけた。

支倉常長(はせくら つねなが)は伊達政宗の家臣。政宗の命を受け、スペイン人のフランシスコ会宣教師ソテロと共に、慶長遣欧使節として1613年9月15日、ローマ教皇、スペイン国王の元へ、全長わずか55メートルというサン・ファン・バウティスタ号で月ノ浦を出帆。

メキシコ、ローマ、スペインと、陸路を交えた7年間にも及ぶ長旅となったが、その目的は通商交渉。解説の皆川達夫氏によれば、「お上」の考えることはいつの時代も同じ(・・・で愚か)だったようで、国が栄えるためには強い戦力が必要、つまり武器の輸入が目的のひとつだったとか。

この話にショームがどう関係してくるのかというと、メキシコに到着した時に、恐らく日本人を歓迎したのが、ショームの楽隊だったんじゃないかと。ショームというのはオーボエの祖先で、ポルトガル語だとチャラメラ(charamela)、イタリアだとチャラメッラ(ciaramella)、そう、あのラーメン屋さんの屋台でおなじみのチャルメラ。

一本だけの演奏だといかにもラーメン屋さんの音色だが、もともと軍隊が戸外で使用していたという楽器だけのことはあって、10本集まるとなかなか豪勢で、すっかりショームのファンになってしまった。(しかし不思議なのは、どうしてラーメン屋さんがショームを吹いたのだろう?)

ショームの他に、恐らく支倉がスペインやローマの教会で聴いたと思われるオルガン曲、グレゴリオ聖歌、ミサ曲、さらにはスペイン民謡と、盛りだくさんの音楽。楽器も、リュートあり、ガンバあり、最後に琴の演奏まで加わったけれど、ちょっと盛りだくさん過ぎて冗長になり、却って印象の薄い演奏会になってしまった。

で、ショームの楽隊による歓迎を受けた支倉、その後スペイン国王とローマ教皇に謁見するも通商交渉は成功せず。その間にマドリードで洗礼を受け、1620年にようやく帰国することができたが、その時すでに日本では厳しい禁教令。支倉は冷遇され、翌年、失意のうちに死を迎えたという。

支倉は、教会音楽などの楽譜も持ち帰ったようだが、それらすべてが、キリスト教の弾圧下、封印されてしまったらしい。そして鎖国。西洋音楽こそが音楽、などとは思わないけれど、それでも1853年にペリー率いる黒船が来航するまでの二百数十年に渡る鎖国によって、日本の、西洋音楽の受容が遅れてしまったことは、かえすがえすも残念。

鎖国あればこそ、日本の伝統文化が育まれたのだという鎖国肯定論もあるが、鎖国していたその間、西洋ではモンテヴェルディ、シュッツ、ヘンデル、ハイドン、バッハ、モ-ツァルトなどといった大作曲家達が活躍していたのだもの、ああ、なんてもったいない…。

しかも鎖国、オランダが、ポルトガル、スペインと東洋貿易の覇権を争い、対日貿易の独占を狙って、幕府に、制限貿易を勧めた(唆した?)結果だったとすれば、またしても経済至上主義。いつの時代も、為政者が優先するものは文化に非ず…ということか。

レクチャーコンサートということなので、時々居眠りをしながら、まじめなことを考えたりもしたけれど、この日のコンサートの一番の収穫はショームバンド。CDを出さないかしら。

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写真:(上)友人のバイオリン製作者が作ってくれたバロックバイオリン。ショームほど時代は遡らないが、バイオリンの前身。モダンのバイオリンとの顕著な違いはアゴあてがないこと。弓の形状も異なる。(下)ロンバウツ((1597-1637)の『五感の寓意』。テオルボを奏でる男性の足元にショームが描かれている。


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初栗参上

2007年09月30日(日)

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今年初めての栗を買った。夫は栗が大好物で、秋になると、栗はまだかの大騒ぎ。主婦の立場からすると、栗ほど面倒な食材はなく、あの皮むきを考えただけでうんざりしちゃう。

栗にもいろいろな種類があるが、我が家で買うのは決まって「利平栗」。ホクッとした歯ざわりと甘みが他の栗に比べてダントツなのは、甘栗で有名な「天津栗」と「山栗」の交配で作られたからなのだとか。そう言われれば、なるほどそんな味わい。

この栗の難点は、値段がちょっぴりお高めなこと。それには理由があって、生産性と採算性が他の栗に比べてずっと悪いかららしい。普通の栗はイガの中に実が3つ、ところが利平栗は贅沢者、狭いところが嫌いらしく、1つか2つしか入らないのだそうだ。

その上、背丈が高いから選定や枝打ちが困難で危険が伴う、年によって当たり外れがある、通常の栗の倍の間隔で木を植えなければならない、実が大きくなると割れやすいなどと、それはそれは我儘で面倒。だから農家はこの栗の栽培を歓迎しない。

我儘で手がかかるのが嫌われるのは、どうやら人間だけじゃないらしい。でも、栗も人間も多少我儘、手に余るタイプのほうが結局はおいしかったりして。猫も・・・。

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写真:(上)猫だから、転がるものならなんでも・・・。(下)親分ヅラの黒キジさんは20年近く前、栗ごはんを炊いた日に押しかけ飼い猫に。だから名前は「栗ちゃん」。もういない。


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プロフィール

ジュリママと猫たちを乗せて走る鈍行列車のちゅうちゅうとれいん。車窓から見える風景を、気ままに書き綴るブログです。あけみちゃんの絵日記、『あけみ参上つかまちゅりーっ!』もどうぞよろしく。どちらもボチボチの更新ですが、末永くおつきあい頂ければ嬉しく思います。

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