老いも身のうち、猫のうち
2007年08月03日(金)
外猫のロミちゃん、ここ数ヶ月でなんだか急に年を取ってしまった。今年で9歳。食欲はあるし、遠慮がちに甘えてくるのは相変わらず。けれど、以前はコロコロとしていた体型が、ずいぶん痩せてしまってボロボロ。かわいかった猫相もすっかり変わり、どこか悲哀を帯びた老猫のそれ。
殴られたのかと思うほどのすごい傷を頭に負ってきたり、頬を噛まれ、血だらけの顔で登場したりで、びっくりすることがあるが、そんな時には決まって首輪もなくしていて、だから、たぶん喧嘩の末に負った傷。取っ組み合いの縄張り争い、よほど強い猫が近所には住んでいるらしい。怪我をしているのは決まって右頬、攻め手がいつも同じあたり、きっと同じ相手。ロミの仇敵、まさか「鼠敵」だったりして。
心配はしても、せいぜい傷口の二次感染を防ぐために抗生物質を飲ませるぐらい。慕ってくれてはいるが、安心して身をあずけてくれるほどには馴れていないから、獣医さんに連れてゆけば余計にストレスがかかると、それ以上には何もせず、そっとしておくだけ。
老け込んでしまったのも、闘いに明け暮れての生活で、すっかり体力を使い果たしてしまったというところか。この先、せいぜいおいしいものを食べさせて、後は優しく声をかけ、ゆっくりと頭を撫ぜて可愛がってあげることぐらいしかできないけれど、それなりに幸せと思ってくれるかしら。
幸い食べ物には恵まれていて、10年以上馴染みにしている近くの魚屋さん、お刺身用に下ろしたマグロの中オチを、猫のためにと取っておいてくれる。10日ほど行かないでいると、オチが貯まったから取りに来てよ、と電話をしてくる。
行けばトロ箱にいっぱい。おかげで我が家の冷凍庫はマグロのオチだらけ。これを毎朝焼いてあげる。猫のことだから料理方法には一家言あって、煮るより焼くほうがずっと好きらしい。人間が食べてもいいほどの魚だから、猫にはよほどの贅沢品、実においしそうに食べる。オチもスーパーで買えばそれなりの値段、それをタダで分けてくれるから、時々、店主の大好きな缶焼酎を差し入れ。
食の好みは猫それぞれ、同じ母猫が連れてきたクウちゃんは、焼いた魚には目もくれず、ドライフードだけ。この兄妹、食べ物ばかりか性格もまるで違っていて、クウは人間に媚びることは一切なく、懐く素振りすら見せないというクールな猫だが、これ、人間にだけというわけではなく、猫に対しても同じ態度。
誰ともしがらみのない生き方をしていて、それでも孤高というほどの立派さも悲壮感もなく、なんとなく要領の良さを感じさせる猫。そのクールな性格が効を奏してか、喧嘩しているところなど見たこともなく、だからロミとは違って病気ひとつせず、今なお若々しい。
そんなクウちゃんを見ている時にはまったく思わないが、急激に老けてしまったロミの姿を眺めていると、まだまだ数十年も先のことなのに(タブン…)、わが身に迫る老いのこと、なにやらじんわりと意識してしまう。
ロミが過ごした10年に近い歳月は、猫ばかりか、人を老けさせるにも十分な時間だったと、今さらながら。最近は‘Photoshop’で自分の顔のシワ、修復ブラシのツールを駆使し、なぞっては消しなぞっては消しの数回、あら、10歳は若くなったかしらと喜んでいる始末。
写真:(上)スヌーピーさながら、犬(猫)小屋の三角屋根に乗るロミちゃん。ボロボロ・・・(左)ロミと同い年のジュリは家の中でぬくぬく。ロミも家の中で飼ってあげれば、きっといい子だったに違いないのに。
猫元気ならサイフも安泰
2007年08月05日(日)
ここしばらく、猫たちの不調が続いた。猫の病気、どこが痛いのか、どう苦しいのかを飼い主が察してあげるしかなく、治療の進め方も悩むところ。猫にとっても飼い主にとっても本当に辛い闘い。
我が家の猫ども、今回はさほど難しい病気ではなく、まずはチリリン。目が痒そうで、それを手や足で掻きむしってしまうから、いつも真っ赤。動物病院の近くまで買い物に行ったついでに、症状を告げて消炎剤と抗生物質の点眼薬を貰ってきたが、一向に良くならず、ついに病院に連れていった。
眼球に傷がついているというわけでも、結膜が赤くなっているわけでもなく、だからひとまずステロイドを打ち、飲み薬を飲んで様子をみましょう、よくはわからないけれど、原因のひとつとして考えられるのはアレルギーじゃないかと。
そう言われてふと思いついたのが、ディスカウントスーパーで購入したアメリカ産のドライフード「S」。メーカー名、確証がないのではっきり記すことはできないけれど、目を掻き始めたのは、これを食べさせてから。
シニア用というのがあって、12歳のチリリンにはもってこい。数ヶ月前、動物病院に置いてあった見本をあげてみたところ、食いつきがよく、それならと大手スーパーで同じ物を購入して与えたが、その時にはなんの異常も見られなかった。
他のドライに比べて結構お高いので、そこはそれ主婦だもの、少しでも安いものをと思い、今回は大型ディスカウントスーパーで購入。その商品、スーパーで購入したものとちょっと違うのは、日本語が書かれているのは後づけのシールだけ。以前のものは袋全体が日本語、だからこれ安売り用、別ルートの輸入品だろうか。
ここのディスカウントスーパーで10年ぐらい前、同じSを購入したことがある。当時はシニア用などというものはなかったから成猫用だったか、家に帰ってよくよく見ると、袋の底に油染みがべっとり、なんだか気持ちが悪くて、結局あげるのをやめてしまった。たぶん今も昔も同じ輸入ルートのはず、袋がちょっと上質になって、油染みがわからないだけ?
アレルギーと言われた時、咄嗟にそのことを思い出した。早速、別のドライフードに切り替えたところ、目の赤みもひいてほぼ完治。薬が効いたのかもわからないし、チリリンの体質のせいなのかもわからないから、一概には言えないけれど、たぶんアレルゲン。
もともとペットフード、どんな材料を使っているのかと疑心暗鬼。人間が食べてはならない食材がまわされている可能性だって大いにあって、病死牛肉だって使われているかもしれないし、店頭に出せないような養殖マグロの切れ端や、許可されていない食品添加物、とうもろこしの残留農薬などなど、ああ、考えるときりがない。
チリリンが治って安心していたら、今度はジュリの左目が涙でグチャグチャ。怪我をしたといったふうでもなく、心当たりといえば、動物病院で貰ってきたノミ取りの薬剤F。これもまた確証はないからモザイク。
Fは舐められないよう首筋あたりに塗布するのだけれど、ジュリ、背中よりも少し下に塗りすぎてしまった。すぐに舐めた形跡があって、その時、薬剤が目についてしまったのだろうか。しばらく様子を見ていたものの心配になり、病院に連れてゆこうと決断した翌朝、なぜかスッキリ爽やかな目、やれやれ…。
続いて今度はフクちゃんが元気喪失。フクの元気のバロメーターは食欲とわがまま。その両方ともカゲを潜め、一日中おとなしい。よくよくみると口が痛そうで、そういえば右の頬も腫れている。この子ももう10歳、そろそろ歯にガタがくるころだから、もしかすると牙が抜けそうなのかもしれないと、口をこじあけて覗こうとしたが、痛がって嫌がる。
今朝は平日より早起きしてフクを病院に、そう思っていたら当のフクちゃん、朝起きてくるなりごはん、ごはんと大騒ぎ。頬の腫れもだいぶ引いていて、これまた病院に行く必要はなくなった。
というわけで、どの子も病気というほどのことはなく、チリリンの一回の注射を除いて自然治癒。親孝行ねえと褒めつつ、飼い主、内心、良かった良かったと小躍り。何が親孝行、何が良かったって、治療費が浮いたこと…いやいや滅相もない、元気になって良かった良かった、ホント。
写真:(上)フクちゃん、元気になって仕事部屋にのっそり。(左)まだ少し赤みが残っているものの、やっと回復したチリリン。
原爆の日に思う(番外編)
2007年08月07日(火)
8月6日は「原爆の日」、まさに悪夢の日、その日から62年という歳月が流れた。7万8千人以上が死亡し、1万2千人が行方不明、3万7千人以上の負傷者。これだけ大きな数字の中に、後々原爆症で苦しまれた方、亡くなられた方の数はそれでも含まれていない。亡くなられた方々に、まず心からの黙祷を捧げたい。
原爆という凶器に、言いしれない理不尽さを覚えたのは中学生の時、原民喜の『夏の花』を読んでからだった。行間に描かれた地獄絵図に衝撃を受け、さらに原の『鎮魂歌』を、そして井伏鱒二の『黒い雨』をと、立て続けに読んだ。
中学生とはいえまだ子供の感性、だから、ただただ空から落とされる原爆の、その奇妙な形をしたきのこ雲の下で、予期しない死を迎えた市井の人々を、爛れた体を横たえる人を、虚ろな眼差しのままさまよう人を、その呻き、戸惑い、死臭と腐敗臭に満ち満ちた都市の、一瞬にして破壊されたそんな様を、恐る恐る、小さく開いた壁穴から覗き見るだけだった。
それが、次第に戦争そのものへの激しい憎悪となり、女の子にはたぶん珍しく、大岡昇平、火野葦平、伊藤桂一、阿川弘之といった作家の書いた、いわゆる「戦記モノ」を次から次へと読み漁るようになった。戦の場面になど興味のあるはずはなく、国の仕掛けた戦争の、何を信じてのことなのか、「無為」に命を落としてゆく兵隊の無力さに歯軋りし、ただただ、悔しがっていた。
どうして国民は愚かな戦争を許したのかと、しばしば母に尋ねたが、そのたびに母は、あの頃は戦争に反対するなんてこと、とてもできなかったのよと。その言葉を「嘘」だと感じていた。戦争は民衆が自ら招いたもの、愚かしさの結果だと、そんな確信があった。
小学生の頃、『アンネの日記』をぼろぼろになるまで読み返し、ヒトラーの狂気、それを熱狂的に支えるドイツ国民、アウシュビッツの強制収用所に運ばれ、生死を選別されるユダヤ人、そのいずれもが国家と民衆の間で暗黙裡に交わされた、不合理な契約の結果ではなかったのかと、そんな漠然とした思いが、すでにあったからなのか。
ミシェル・フーコーは『知への意志』の中で、近代の国家には「死なせるか生きるままにしておくという古い権利に代わって、生きさせるか死の中へ廃棄するという権力が現れた」と記している。戦争に突入した日本にも、ヒトラーが跋扈したドイツにもこの権力は間違いなく現れたが、それを生み出すための、巧妙な社会システムが用意されていたとは言え、出現を許したのは、とりもなおさず民衆の愚かさに他ならなかった。
さほど遠くに過ぎ去ってしまったわけでもない歴史に学ぶことなく、今また同じ道を歩もうとしている日本。多木浩二は『戦争論』の中でこう語る。
「原爆はいまや多くの国が保有するまでになってしまった。少なくとも、その種の暴力が世界から消え失せていない以上、われわれはアウシュヴィッツやヒロシマの「名前」を象徴としてもつ歴史の闇から世界認識を始めなければならないのだ」
もう二度と猫を被った為政者の、猫撫で声になど騙されてはならない。あるいは、威嚇を恐れてはならない。自衛のための「軍備」、平和のための「核の保有」などという、矛盾した言語に決して惑わされてはならない。
写真:(上)被爆したヒロシマに真っ先に咲いたという「夾竹桃」。その樹皮には毒があるという。核のボタンを押して後、なお生き残るのは、「毒」をもった権力者だけなのかもしれない。(左)黙祷・・・
終戦記念日(番外編)
2007年08月15日(水)
終戦記念日。戦争終結を告げる玉音放送、日本が負けたという悔しさ、「臣民」として忠誠を果たしきれなかった申し訳なさ、だから首を深くうな垂れ、ひざまづき、涙をこぼし、誰も彼もが今にもくず折れそうな姿でラジオの前。
しばしば写真で見せられていたこの光景、それが摩訶不思議に思えて仕方がなかったのは、母親から、玉音放送を聞いて、これで戦争がやっと終わったと、嬉しくて嬉しくて、飛び跳ねて喜んだのよ、としょっちゅう聞かされていたからなのか。みんながどうして泣いているのか、さっぱりわからなかったわ、と。
父親は体が丈夫ではなかったので乙種合格、兵隊にいっても役には立たない身だったらしく、お陰で戦地には赴くことなく、だから戦死の心配はなかったが、命が危ぶまれるほどの言論統制。仕事の関係で、父の留守の間にしょっちゅう特高がやってきて、思想的に怪しい本を隠しているのではないかと、押入れから屋根裏、家の隅々まで調べられ、それはそれは怖かったと母。
それでも気丈だったから、見つかったらそれまでと腹を括り、持ってゆくなら持ってゆけ、連れてゆくなら連れてゆけと(内心震えながらだったのだろうが)、どこまでも強気の素振り。その癖、戦争中にしょっちゅう家に泥棒が入ったと、それだけはいつまでも怖がり、老いて後も寝言は「ドロボー、ドロボー」と。
戦争が「人殺し」の別称であることは言わずとしれたこと。それを、何を好んで為政者、戦争のできる国にしたいのかわからないが、「マダム寿司」などという、わけのわからない女性を防衛の頂点に置き、このお方、戦争に行く前の晩には赤い腰巻、当日は迷彩服に身を固め、その日の夕方には死装束、3度のお召し代えでも見せて下さるというのか。
それとも明日は戦闘機、あさっては軍艦、あたしはちょいワルのお爺さんが好みだけれど、若い男の子を乗せて、あの島、この島に行ってもらってちょうだいねと、冷房の効いた部屋で、にっこり笑って指図でもするつもりなのか。
太平洋戦争が終わって、人で言えば還暦と少し、小さい頃に受けた火傷の傷跡も、まだかろうじて残っているぐらいの歳月。だから、熱い熱湯を被った痛みを、まだまだ思い出すことだってできるはずなのに、そんなこと、すっかり忘れたのか、忘れたふりなのか、明日にでも参戦できる態勢づくり。
暴力は暴力をもって鎮圧することができるなどと、それは妄想。核は核をもって制することができるなど、ひたすら死への想像力の欠如。
太平洋戦争での犠牲者数は諸説あるようだが、軍人・民間人を合わせて、日本で約300万人、他国の軍人・民間人を合わせると数千万人(7000万人とか8000万人とか)にもおよぶと言う。戦争という愚かな行為を繰り返すことなど、決して許されないという思い、それは、平和な世の到来のために「人柱」となられた、これほどに多くの罪なき方々の命、流れ落ちた涙、血の雫を思えばこそ。
写真:(上)平和の白い猫・・・?(左)ストップ・ザ・戦争!
猫のおもてなし
2007年08月17日(金)
お盆の入りに車を飛ばしていると、提灯を下げて歩く親子連れがあちらこちらに。そういう風習のある所に生まれ育たなかったせいか、あるいは無知ゆえなのか非常識なのか、とにかく、こういう世間の常識にはどうも疎く、ねえ、みんな提灯を持ってどこに行くの?と同乗していた夫に聞くと、お墓にご先祖様をお迎えに行くんだよと。道に迷わないように、提灯を持ってお迎えにゆくのだそうだ。
普段は「超」のつく多忙な人だから、ほとんど会うことのない姉だけれど、毎年、お盆だけは夫婦で我が家に来て、法事を兼ねたお食事会をする。昨年は姉の都合で集まれなかったので、その間に家猫に昇格した3匹の猫たちが初お目見えとなった。2年間で3匹増は節操がなかったなあと、変なところで反省をしたりして。
総勢8匹の猫たち。それぞれ、どういうふうにお客様をお迎えするか楽しみにしていたが、先住猫5匹は、姉夫婦の賑やかな声が玄関から聞こえた途端、脱兎のごとく・・・もとい、脱ニャンのごとく二階に駆け上がって、それきり。
リビングに残ったのは、ムメモちゃんとミイちゃんとココちゃんという新参者3匹。この3匹、特段不思議そうな顔もせず、普段とまったく変わらない。ムメちゃんはオオモノ、いつも泰然自若としているから、新しい猫だろうが初めての人だろうが、知ったこっちゃないという態度。それよりも好奇心のほうがずっと勝るらしく、持ってきたおみやげの袋に顔を突っ込み、抱いて抱いてのおねだり。想像していたとおり。
ミイちゃんも意に介していないらしく、撫でてもらってご機嫌さんの仰向け。いつもは文句タラタラ、何をやってあげても、一言「ニャア!」と、短調の響きで文句を言ってからじゃないと先に進まないという子なのに、お客様に対するこのお愛想の良さは一体なんなんだろう。外ヅラが良くて、内ヅラが悪いという典型的な二重人格。まあいい意味での世渡り上手、そのおかげで拾ってもらえたと言えばそのとおりだけれど。
ココちゃんは普段とまったく変わらず、おっとりと静かに姉夫婦の横に座って話を聞いている。お利口さんねえと言われると、手をジョリジョリといつまでも。だから評判のいいことこの上ない。かわいいわねえ、いい子ねえと、終始褒められっぱなし。
猫ばかりの話題で盛り上がり、ああでもないこうでもないと大騒ぎしていて、ふと気がつくと、二階から降りてきて、そっとドアのガラス越しに部屋の中を覗く猫がいて、それがジュリ。ものすごく焼もち焼きで、普段から他の猫の名前をちょっとでも呼ぼうものなら、どこに居ても飛んできて、あたしのほうがかわいいワ、とばかりに割り込んでくる。だから一階から聞こえる楽しそうな猫の話、きっと終始耳がピクピク、誰が褒められているのかと、気になって仕方がなかったに違いない。
入っていらっしゃい、と言っても、大きな目をますます真ん丸くさせて、恥ずかしそうにしているばかり。まるで一昔前の子供のよう、自分の子供の時を見ているみたい。今の姿からは想像もつかないけれど、小さい頃は、恥ずかしくてお客様の前に出るのもやっと。親に促されてご挨拶をした後は、大人の会話に入ってきてはいけませんよと言われ、ただただお澄ましをして側に座っているか、そそくさと自室に戻るか。
だからジュリの恥ずかしそうな仕草が懐かしく、いい子に育ったなあと、すっかり擬人化して悦に入る親バカぶり。
写真:(上)話の輪に入りたくて、そっと部屋を覗くジュリ。(左)物怖じしないココちゃんは、お客様と一緒。
しばらくお休みします
2007年08月23日(木)
「ちゅうちゅうとれいん」に遊びにいらしてくださって、ありがとうございます。このところブログを書く時間がなく、更新が滞ってしまっています。そこで、ちょっとだけお休みをさせて頂こうと思います。再開の折には、またどうぞよろしくお願い致します。みなさまのブログにはちょくちょく遊びに伺いますネ!
写真:(上)しばらくお休みします。(下)みなさま、仲良くお過ごしのほど!
プロフィール
ジュリママと猫たちを乗せて走る鈍行列車のちゅうちゅうとれいん。車窓から見える風景を、気ままに書き綴るブログです。あけみちゃんの絵日記、『あけみ参上つかまちゅりーっ!』もどうぞよろしく。どちらもボチボチの更新ですが、末永くおつきあい頂ければ嬉しく思います。
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