前月へ 2007年07月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 翌月へ

«-  カエルの歌が聞こえてこない | TOP | 猫は産む機械?  -»

タイトルバック

災害に遭う動物を思う人、救う人

2007年07月17日(火)

20070717-01.jpg

なんだか最近ちょっと静かで不気味、そう思っていた矢先、新潟県中越沖に大きな地震。その規模、震度6強、マグニチュード6.8、震源の深さは極めて浅くて約17キロというから、どれほど激しい揺れだったか想像できようというもの。

災害にあわれた皆様に、心からのお見舞いを申し上げます。

2004年10月23日、近隣地域で同様の規模の地震があって、正式名称は「新潟中越地震」。その地震では70名近い方が死亡し、負傷者約5千人、避難者が約10万人、住宅損壊が約12万棟という大被害。現在もなお復興作業途中らしく、「震災復興ビジョン」なるものが策定され、実行に移されようとしている段階での今回の地震。死者は今のところ7名。

死者については、たった一人であれ、それが何百人であれ、命を亡くされた方がいるという事実は重く、だから、被害が少なかったと書いて良いものかどうか迷うが、その7名、すべてが70歳代、80歳代の高齢者というのは、痛ましい。家が老朽化していたための家屋倒壊、それが原因と新聞には書かれていたが、老いて不自由な体、逃げるに逃げられなかったのだろう。

ある夫婦、夫は不自由な足を抱えて逃げ遅れ、奥の部屋には、寝ていたらしい老妻が生きて残された。お互い自由のきかない身、二人でどんな暮らしをされていたのか。暗い部屋でこれまでの人生、思い出すでもなく天井眺めての暮らしだったのかと、その生活、余計なこととは思いつつ想像し、新聞の記事に目が留まったまま。

人の、災害被る姿を見るのが辛いのは言うまでもないこと、何かできることはないかと、ない知恵を絞るが、もうひとつ、動物好きにとっては、避難場所に姿見えない動物たちのことがやたらと気になる。2000年6月26日、三宅島の噴火。この災害時にも頭に浮かんだのは動物たちのことだった。

全島に避難勧告、すぐに戻れると思って犬は繋いだまま、猫は家の中に閉じ込めたままで避難した人が多かったと聞く。今でも覚えている新聞の写真、船で避難する中年の女性のリュックから顔を出す猫、名前は確か「音吉」、典型的な日本猫。

こうして人間と一緒に避難した動物は幸い。翌27日の段階で当地の保健所が行った調査集計によれば、避難勧告が出されていた地域の登録犬は125頭、 そのうち避難所に連れてきた犬はわずか38頭、猫などの小動物は不明。

こうした時の動物愛護団体の活動はすばやく、しかも命知らず。有毒ガスの満ちた島、残された動物を保護するためのケージが不足していると、知人の動物愛護団体から、災害発生後ほんの少したってからFAXが送られてきた。すぐに我が家にあったケージを送ったが、どんな子があのケージに入れられて避難したのか、無事、避難できたのだろうかと、気が気でならなかった。

悲しいことに実行力乏しく、自らすすんで救護活動には参加しようとしない身、それがなんとなく後ろめたかったりもするが、できるだけのことをする、それしかないのだと卑怯者の言い訳。それからしばらくは置き去りにされた動物、保護された動物たちの様子、団体の活動状況を知らせてもらっては、安堵したり悲しんだり。あれからもう7年。

被災地でのペットの扱い、この時の経験が生きたのか、その後は行政もペットの避難に心配り。先の新潟中越地震、被害の大きかった山古志村では、自衛隊の輸送ヘリで避難する住民、そこには犬の同乗する姿もあった。

さらには「新潟県中越大震災動物救済本部」が、日本動物愛護協会主導で設置されたり、新潟県獣医師会は被災動物のうち、応急手当を行った動物の診療費は無料と太っ腹。ペットと人間の絆、災害時であってもなお絶ち難く、むしろ、そんな時だからこそ側にいたいと願う飼い主の心理が、ようやく理解されたのか。

天災が起きての重篤な事態、復興ままならない時期に優先すべきは人間、動物のことを心配するなんてと非難するヒトの一人、二人。簡単な言い訳をするなら、それでも、人間は温かい同胞の応援を背に、なんとか窮地を脱することもできようが、動物はその命、人間の手に任せっきり、死ぬも生きるも人間次第。人も動物も災害の中、なんとか生きられるようにと望む思いは同じ。

人の受けた被害の大きさ、避難生活の辛さに深く思いを馳せつつ、動物に心寄せるこの心境、どうぞお許しのほど。

20070717-02.jpg  

写真:(上)三宅島に送った同型のケージの写真を撮ろうと思ったら、たちまちのうちに占拠されてしまった。(下)普段は扉をはずしてミイちゃんの寝場所。災害時は、大きなケージ2個に4匹ずつ分けて避難しようと思ってはいるものの、相性もあって、どう分ければいいものやら。


«-  カエルの歌が聞こえてこない | TOP | 猫は産む機械?  -»

コメント投稿

(承認制となっておりますことをご了承ください。)


(必須)



コメント一覧(4)

はじめまして。
ねこやろう絵巻にご訪問ありがとうございました。
管理人のmyunaです。
文才があるって、うらやましいです。
社会や教育、時事、ボランティアに関する評の類は
相当の知識がないと出来るものではないと思います。
過去のログも拝見し
ただただ、感服した次第です。

こちらには、8頭の猫さんがいらっしゃるんですね。
個性的な面々に、顔がゆるみました(笑)
これからもよろしくお付き合い下さい。

myuna | 2007年07月19日 00:16

myunaさま

いらっしゃってくださってありがとうございます。
myunaさんのように簡潔で、
それでいてほのぼのとした雰囲気のある文章が
書きたいのですが、
どうも人間が粘着質なのか、クドクド・・・。

こちらこそ
myunaさん、そしてかわいい猫ちゃんたち、
どうぞよろしくお願い致します。

ジュリママ | 2007年07月19日 10:10

こんにちは、いえ、今晩は(かな)
先日は遊びに来ていただいてありがとうございました。iharajaです。

数年前に私の住む市で大規模地震を想定した避難訓練があり、
我が家の空(そのときはまだ空だけ)をキャリーに入れ訓練に参加したことがあります。
避難場所まで家から数分。歩きなれた道です。
それなのにキャリーは重く、歩きづらく・・・。
これで本当に道がひび割れ、建物が崩壊していたら、もっと困難になるでしょう。
そして、避難所に連れて行くことができたとして、受け入れてくれるのか・・・。
犬猫のことより・・・という言葉も浴びせられるかもしれない。

2年ほど前の玄界灘の地震では福岡の獣医師会がいち早く行動し、
島に取り残された猫たちの救助に立ち上がりました。
各県の獣医師会で、このような取り組みに対しても温度差があると
我が家の猫たちの主治医は嘆いていました。

いずれにしても、人間がその長い歴史の中で動物たちの生き方をも
コントロールしてきたならば、人間が守らずしてどうする?
と思う次第です。

iharaja | 2007年07月27日 00:16

iharaja さま

コメントをありがとうございます。
キャリーに猫を入れて移動する不自由さを
具体的に考えたことはありませんでした。
大変そうですね。

空ちゃんも避難訓練に参加したのですか?
にゃんだろう?と思ったことでしょうね、かわいい!!

災害と動物、心が痛みます。
いざとなったら、被災地の動物愛好家達が結束し、
行政を動かさなければならないのかもわかりません。
でも、それだけのバイタリティーが、被災してもなお
残るものかどうか・・・。

どんな時でも共存・共生が生物間のルール、
そんな気がします。

ジュリママ | 2007年07月27日 23:56

«-  カエルの歌が聞こえてこない | TOP | 猫は産む機械?  -»

サブタイトルバック

プロフィール

鈍行列車の「ちゅうちゅうとれいん」はいつも満員(ふ~っ…)!時々燃料切れを起こして更新が滞ることがありますが、どうぞ末永くおつきあいくださいネ。姉妹編の「あけみ参上つかまちゅり~」もよろしくお願い致します。

サブタイトルバック

Cast

樹里絵
樹里絵(jyurie):1998年生まれ。マイペースで世話が焼けません。性格温厚で超パパっ子。

桃之輔
桃之輔(momonosuke):1999年生まれ。甘えっ子ですが、ものすごく臆病で、ほとんど一日中、布団の中に隠れています。

亜依子
亜依子(aiko):2000年生まれ。自己主張が強くて偏屈ですが、そこがまた可愛いいんだなあ。超ママっ子です。

真美
真美(mami):2005年生まれ。外見はタヌキそのもの、性格は犬そのものです。才気煥発で気性が激しい。

美意子
美意子(miiko):2005年生まれ? 歯を見ると6、7歳…本当は何歳だろう?一日中、文句たらたら言っています。

奈々
奈々(nana):2001年生まれ。ようやくノラっぽさもなくなり、明るい陽気な子になりました。

明美 にゃ三郎 小牧
明美(akemi)にゃ三郎(nyasaburou)、小牧(komaki):2007年生まれ。仲良し3兄弟。毎日楽しそうに暮らしています。

里音
里音(satone):2009年8月保護。どんな生い立ちでどんなニャン生を過ごしてきたのか、それは謎です。未来を生きる猫!

寿々
寿々(suzu):1994年12月~2010年3月12日。パパの仕事部屋に入れた唯一の子。人の気持ちがよくわかる、とてもとても頭の良い子でした。

福太郎
福太郎(fukutarou):1997年4月~2008年3月20日。陽気で甘えっ子。抱っこされるのが大好きでした。お母さん代わりだった寿々との再会、「欣喜猫躍」していることでしょう。

サブタイトルバック

検索

 

QLOOK ANALYTICS