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カテゴリー:政治

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二人の友人

2010年01月24日(日)

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CSのシネフィル・イマジカで、モーパッサンの短編集を映画化したものが連日放送されていた。どれを観ても、モーパッサンの小説ってこんなに不条理な世界だったかしらと、「猫だまし」にでも遭ったような気分。もう何十年も前に読んだきりで、すっかり忘れてしまっているのだけれど、もっと平易な内容だったような…。そうかあ、そうだわねえ、フランスだものねえ…すんなりとはいかないか。

都合6篇見たうち、一番印象に残ったのが『二人の友人』(原題『Deux amis』)。大の釣り好きだった二人の友人の話。日曜日ごとにマラント島に出かけ、釣り糸を垂れていた時計屋のモリソーさんと小間物屋のソバージュさん。普仏戦争が勃発して釣りどころではない毎日。そんなある日、パリの場末の大通りで二人は偶然に再会、これが二人の友人の運命を大きく狂わせてしまうことになる。危険を冒して釣に出かけた二人を待ち受けていたのは「死」。プロシア兵に捕まり、銃殺され、石を足にくくりつけられて川に投げ込まれる。その死体は寄り添うように川の流れに消えてゆく、というそんなストーリー。

原作では、二つの死体は「石の重さで足を先にして、突っ立ったまま河の中に沈んでいった。」(新潮文庫・青柳瑞穂訳)とあるけれど、映画ではそれほどぶっきらぼうに、死が表現されてはおらず、二人の友人というその題に含みを持たせた、なんとも言い難いラストシーンが演出されていた。罪なき二人の市民が戦争に巻き込まれ、無造作に殺され捨てられるその物語は不条理そのもの。言いようのない、うっすらとした恐怖が全体を覆っていて、観終わった時に胸に残る、なんとも言い難い感情。

ちょうどマスコミは「小沢事件」で大騒ぎ、罪なき人を罪に陥れ、虐殺を重ねながら思想統制を行っていった特高警察の、その動きにそっくりな検察を不気味に思っていたから、川に投げられた死体2つが妙にリアルに思えて仕方がなかった。「小沢事件」を政治と金の問題だけだとして小沢氏を断罪すれば、検察に、いくらでも検察の思うがまま、政治を動かせるという特権を与えてしまうことになる。

政治家が脛に傷のないはずもなく、だからそのひとつふたつ、犯罪とも言えないほどのすり傷を、さも重大な犯罪のように仕立てあげれば、政治家なんて、簡単に失脚させることができるというわけだ。検察次第で戦争勃発は思うがまま。挙句、川に浮かぶのは国民。

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「友人二題」?・・・いえいえ、友人よりもはるかに濃いつながりです。
写真(上):樹里と明美は義理の母子(子のほうがずっと大きい)
写真(下):寿々とにゃ三郎は義理の姉弟(弟のほうがずっと大きい)


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橋下さんのルサンチマン

2011年12月27日(火)

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大阪市民は橋下徹なる人物を市長に選んだ。この国の民は、いつになったらマスコミの扇動から抜け出すことができるのだろう。橋下さんは自らが選出されたことを民意だと言っているらしいが(6:4の得票率だったから、民意って威張るほどでもあるまいに)、マスコミがヤンヤの喝采で橋下さんなるあんちゃんを持て囃しさえしなければ、この手合いが政治家になることなどあり得なかっただろう。なぜ政治家になるのか、国を治めるとはどういうことなのか、橋下さんにそのことを問うのはまったくの無駄というもの。政治家のふりをしているのはただただ、彼の哀れなルサンチマンゆえなんだもの。

出自がどうの、親族がどうのという問題を語る気にはなれないが(出自はその人の人格・行動を規定する絶対のものではないから)、残念ながら橋下さんは、煩悶し続けてきた(のだろう)出自からやっきになって逃れようともがいているとしか思えない。必死で強者の仮面を被るさまは実に見苦しい。

「ルサンチマン」について『ウィキペディア』はこんなふうに書いているが、橋下さんの言動って、まさにこれだわ。

★~
ルサンチマンの表れの例として、敵を想定し、その対比として自己の正当性を主張するイデオロギーにある。こういったイデオロギーは、敵が悪の元凶とし、だから反対に自分は道徳的に優れていると主張する。「彼らは悪人だ、従ってわれわれは善人だ」というわけである。敵として想定される存在は、自分が無力だと感じさせる対象が選ばれる。例えば、貧しさに無力を感じるルサンチマンの敵は資本家や大企業になる。例えば、異性にもてないということに無力を感じるルサンチマンの敵は、自分を無視する異性や、もてる同性、あるいは恋愛そのものになる。
 さらに、そのルサンチマンの敵が拡大すると、対象が社会全体になる。「世界はどうしようもなく悪によって支配されている。したがってわれわれのほうが世界より優れている」と拡大解釈されるようにもなる。
★~

橋下さんのルサンチマンが手に負えないのは、また政治家として許せないのは、自分よりも強いものに対してだけではなく、自分よりもあきらかに弱い者をも敵として位置づけてしまうこと。たとえば彼の論理からすると、生活保護を受けている弱者は大阪市に財政破綻をもたしており、すなわち大阪市民の敵ということになるらしい。

「もやい」の代表理事である稲葉剛氏はツイッターで「生活保護費で大阪市が財政破綻するという橋下市長の主張は悪質なプロパガンダ。実際は地方交付税交付金が国から払われており、自治体負担のほとんどはカバーされている。」とつぶやく。大阪市の生活保護費は約2900億円で、橋下さんはその4分の1が市の負担だと強調しているが、地方交付税交付金があるため、実際の負担は約150億円にすぎないという。

それなら不正受給率が問題だと言うかもしれないが、これも2009年度1.54%(発生件数/世帯数)、金額では0.33%。それよりも、必要でありながら受給されていない人たちがいることのほうがより問題だろう。生活保護受給者が増えている背景には、貧困の増加などさまざまな社会的要因があり、そのことに目をつぶって生活保護受給者を槍玉にあげる橋下さんは、「生活困窮者の命を人質に取って改革者気取り」(稲葉氏)をしているだけ。

不思議なのは、こうした橋下さんに喝采を浴びせている人たちの多くが、橋下さんの政治手法の一番の犠牲になるであろう弱者予備軍であることだ。小泉元首相の時もそうだった。弱い者は敵が欲しい。敵を打ちのめす者であればその中身がどうであれ、簡単にヒーローとして崇め奉る。叩かれる敵が自分より強ければ小気味いいし、自分より弱い者であれば欲求不満の捌け口になる。ここで動く心理は他ならぬルサンチマン@橋下と同類のもの。類は類・・・つい同じ臭いに惹かれてしまうということか。

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写真:全員出自は「ノラ」。いい子たちに育ってくれました。
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プロフィール

鈍行列車の「ちゅうちゅうとれいん」はいつも満員(ふ~っ…)!時々燃料切れを起こして更新が滞ることがありますが、どうぞ末永くおつきあいくださいネ。姉妹編の「あけみ参上つかまちゅり~」もよろしくお願い致します。

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Cast

樹里絵
樹里絵(jyurie):1998年生まれ。マイペースで世話が焼けません。性格温厚で超パパっ子。

桃之輔
桃之輔(momonosuke):1999年生まれ。甘えっ子ですが、ものすごく臆病で、ほとんど一日中、布団の中に隠れています。

亜依子
亜依子(aiko):2000年生まれ。自己主張が強くて偏屈ですが、そこがまた可愛いいんだなあ。超ママっ子です。

真美
真美(mami):2005年生まれ。外見はタヌキそのもの、性格は犬そのものです。才気煥発で気性が激しい。

美意子
美意子(miiko):2005年生まれ? 歯を見ると6、7歳…本当は何歳だろう?一日中、文句たらたら言っています。

奈々
奈々(nana):2001年生まれ。ようやくノラっぽさもなくなり、明るい陽気な子になりました。

明美 にゃ三郎 小牧
明美(akemi)にゃ三郎(nyasaburou)、小牧(komaki):2007年生まれ。仲良し3兄弟。毎日楽しそうに暮らしています。

里音
里音(satone):2009年8月保護。どんな生い立ちでどんなニャン生を過ごしてきたのか、それは謎です。未来を生きる猫!

寿々
寿々(suzu):1994年12月~2010年3月12日。パパの仕事部屋に入れた唯一の子。人の気持ちがよくわかる、とてもとても頭の良い子でした。

福太郎
福太郎(fukutarou):1997年4月~2008年3月20日。陽気で甘えっ子。抱っこされるのが大好きでした。お母さん代わりだった寿々との再会、「欣喜猫躍」していることでしょう。

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