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カテゴリー:雑談

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早朝の来客にご用心

2007年06月06日(水)

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朝早くのお客様というのは滅多になく、たまにきても宅急便。夜の遅い仕事ということもあって、朝寝だからこれは好都合。昨日も寝たのが午前3時、それなのに今朝は玄関のチャイムが7時に鳴った。寝ぼけた頭でインターフォンを取ると、近所に住む女性で、何のご用?と聞いても答えない。急いでパジャマを着替えてシブシブ出てゆくと、家の中に入って話をさせて欲しいと言う。

我が家は、寝る前に必ずパパと「営業会議」を兼ねながらの飲み会、そのまま片付けもせずに寝てしまうから、リビングは散らかったまま。その上、寝ている間に猫どもが猫じゃらしだのなんだのと、どこからかおもちゃを引っ張り出してきて床の上、時には、カリカリのゲッゲが散乱していたりするから、とてもじゃないが、スンナリとお客さまを通すことなんてできない。

玄関先にはスズメがいて、嘴で乱暴にかき混ぜたエサを四方八方、土浴びの土だの、水浴びの水だのと、小さな体でよくぞここまでというほど散らかしてくれる。こんなふうだから、快適な生活環境を保つためには、毎朝欠かさず2時間以上を掃除に費やさなくてはならない。空気をきれいに入れ替え、布用の消臭剤だの、プロ用のペット消臭剤だのをシュッシュッとふり撒き、ようやく来客受け入れ態勢完了。

ところがそんな事情もお構いなく、この人、強引に玄関に入り込み、しかも開口一番お金を貸して欲しいと言う。それも結構な額。母親(と言ってもお婆さん)とは猫談義、何回か立ち話をしているが、その娘さんであるこの人とは、今日を含めても3回ほどしか会ったことはなく、どう贔屓目に見ても親しいとはいえない間柄。

よくよく差し迫った事情があるのだろうが、申し訳ないの一言もなく、返す予定も話さない上に、昼までに用意しておいて欲しいという。それでも気前良くお金を貸すとしたら、畳の下でお金が腐っている家か、よほどの慈善家。いやいや、金持ちほどケチっていうから余計に無理か。なんで我が家にと思ったが、パパが言うには100軒目、あちこち断られて辿り着いたのさと。モチロンお断り。

チワワブームを捲き起こした、あの手の金融業界から借りるのはチト怖いにしても、武士は食わねど高楊枝、友人、知人に弱みを見せるより、質屋さんとかなんとか、箪笥の奥にしまっておいた絹の着物だの帯だのを引っ張りだし、裏口からこっそり入ってお金を工面するほうがずっと風情があるが、そんな「美学」などなんの腹の足しにもならないか。お金なんてものを持ってしまったがために、人間、他の動物よりずっと惨め。

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写真:(上)朝から家の中を覗くのは、お客様ではなく外猫のクーちゃん。後に見えるのはこの子の小屋。(左)お金を借りに・・・じゃなくて、ただ家の中の子たちをからかいにきただけ。


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天は二物を与えず

2007年06月07日(木)

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ジュリの目は大きくて利発そう。顔だけ見ている分には嘘偽りなく美猫なのだが、残念なことに、しっぽが短くてチンチクリンなこと、それになんとなくずんぐりむっくりしていて、だから総合点となるとかなり怪しい。まあ容姿なんていうのは授かりもの、しかも美しさの基準なんて所詮主観、どうとでも変わる。妬み嫉みじゃないけれど、それが証拠に今年のミス・ユニバースの日本代表、美しいとは言いがたいし華もない。それでも世界一。

ジュリの場合は美貌よりも、むしろ悲しいのはその体型が災いしての運動音痴、俗にいうところの「運痴」。我が家の猫に‘すばしこい’なんていう形容詞がつく猫など見当たらないが、それでも、チリンンやココはス~ッとした体型どおり、動作がスマートで器用、大きなドジを踏むとことなど滅多にない。

それがジュリときたひには、ほんの40センチほどの高さしかないソファにも飛び乗れず、目の前で転落する。当然、1メートル以上あるカウンターに登り損ねることなんてしょっちゅうで、フワッと舞い上がったと思った次の瞬間には、ボトッという鈍い音がして床の上。あっ、落ちた!と言うと、わざと降りたのよと言わんばかりに、知らんぷりして毛づくろいを始める。

もっともこの運痴、ジュリばかりではなく、きのうはムメちゃん。カウンターのこちら側で炊事をしていると、向こうから飛び乗る気配、それっ、とジャンプしたと思った途端、視界からスッと消えた。ジュリほどの体重はないから、落ちる時は音無し。用事があったから登ろうとしたのだろうに、それきり姿を見せないから、どうしたのかと探しに行くと、廊下のヒンヤリボードの上でフテ寝をしていた。

それにしてもわからないのが、猫の得意技らしき‘シラバクレ’。これは猫の七不思議、頑なに自分の失敗を認めたがらないのはどうしたものか。落ちちゃった・・・と恥ずかしそうに擦り寄ってくればかわいいものを、最初からそんな気はなかったとばかりの態度、それどころか、なんで笑うのよとふくれる。こちらもふくれ面見たさに、落ちた、落ちたと指差してオーバーに笑うから、なおさら素直になれないでいるのか。

もっとも運痴は親の遺伝、猫を笑ってばかりもいられない。血はつながっていなくても、血より濃い親の愛。子供の頃、体が小さくて運動が苦手だったという、パパのDNAを 確実に引き継いでいるのだもの。

そういえば小学校の頃、クラスに数人そんな男の子がいて、女の子に人気がなかったけれど、ママはむしろそんな男の子とのほうが仲が良かった。小さい頃からマッチョで運動神経抜群という男の子が苦手だったのだ。世の中うまくできたもので、だから、運痴の人とのめぐりあいはまさに赤い糸、蓼食う虫も好き好きの典型。まあ、こんなことはどうでもいい余計な話だけれど。

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写真:(上)ジュリはミスユニバースの水着予選ばっちり。ビキニの水着初公開。(左)ムメちゃん、ゴミ箱に入ることぐらいならできるんだけど。


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ウチの猫にはヒゲがある

2007年06月08日(金)

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電車に乗ると、本を読んでいるか寝ているか、乗っている人を観察しているかのどれか。遠くに出かける時の電車は格好の図書館、他には何もしようがないから、気も散らずに読書に専念できて、だからこれが一番好きな電車の有効利用。その日も本を読み始めたのだが、なにやら目の前に座っている女性のしぐさが視界に入り、落ち着かない。

年のころは20代前半、バックから化粧ポーチを取り出し、なにやらごそごそ探し物をしているふう。一見清楚でかわいらしいが、どうやら流行の「電車の中で化粧する女」。究極の「化粧する女」は、素顔から始まってひととおりのプロセス、最後に長くてボリュームたっぷりのまつげ、誰が誰だかわからないほど同じ顔になって、作業を完了するが、どうもこの女性、鏡を取り出したものの化粧をする気配がない。

初めてのデート、ファンデーションののりでも見たいのか、あるいは描いた眉毛が千切れちゃいないかとか、アイラインが下瞼に滲んでタヌキになっていないかとか、歯に口紅がついていないかとか、そんなことでも気になったのかと眺めていたら、やおらポーチから取り出したのは「毛抜き」、そして、なななんと、人前憚らず眉毛を抜き始めた。

なんだか湯上り、裸のまま腋毛を抜いている女性を見ているようで、恥ずかしくなったのはこちらのほう。見てはいけないものを見てしまった感じ。化粧する女が進化(退化?)すると、こんなことを人前でヘーキでするようになるのかと妙に感心したりもしたが、それどころかこの人、眉毛が終わるや、今度は、ムウンと鼻の下を思い切り伸ばし、ヒゲを抜き始めたのだった。

彼から初めてのkissを迫られそうな嬉しい予感、急にヒゲが気になったのだろうか。そりゃあ確かに、顔を近づけたらヒゲが生えていたというのでは興ざめだろうけれど、電車の中でヒゲを抜いている間抜け面、彼氏が見たら百年の恋もたちまち醒めようというもの。それより、こういう女性を妻にしたが百年目、なんとなくルーズな日常生活が待ち受けていそうで怖い。

きれいな顔立ちだし、どちらかといえばおとなしそうな雰囲気、黙っていればそれなりのお嬢さんに見えたのに、お里が知れてしまったとはまさにこのこと。その女性をずっと眺めていたママもよほど不躾だけれど、目を逸らそうにも目がテン、結構な衝撃だった。

うちの子たちに限って、まさか人前でヒゲを抜くなんてことはしていないと思うけれど、でも時々、長いヒゲが床に落ちていることがある。ジグソーパズルのように、1匹ずつの顔にヒゲを当ててみるが、これが案外誰のだかわからない。ヒゲがない猫の顔なんて茶饅頭かお大福、くれぐれも抜かないようにね。

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写真:(上)猫の中でもキジ猫のヒゲは特に立派。ジュリも見事。(左)アミちゃんは病気が重くなるにつれてヒゲが短くなり、見るからに弱々しくなっていった。ヒゲは猫の健康のバロメーターなのかもしれない。


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競馬、御免蒙ります

2007年06月19日(火)

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競馬と言えばAMラジオにつないだイヤフォーン、手には競馬新聞と赤い鉛筆、そんな侘しいおじさんたちの姿が思い浮かぶが、英国では王侯貴族のスポーツだとか。だから同じ競馬場でも、雰囲気が日本のそれとはだいぶ違い、きれいに着飾ったご婦人方を伴っての優雅な社交場。いっそのこと日本もそんな雰囲気にすればいいのに、なんて言うつもりはさらさらなく、あちらは狩猟民族、動物の走る姿に血が騒ぐのは致しかたないとして、こちらは農耕民族、真似る必要などないというスタンス。

実は競馬にちょっとだけ関わったことがある。別に賭けていたわけじゃなくて仕事。もう十数年も前のこと。某スポーツ新聞社、他の新聞社に先駆けて、普段の日はスポーツや釣果、土日は競馬の結果をリアルタイムでパソコンに打ち込み、読者に提供することになった。そのために新たに作られたセクションの室長になったのが知人。前職をやめたばかりだったことを知って、データを打ち込むアルバイトをしないかと声をかけてくれた。

スポーツにも疎いが、競馬なんて生まれて初めて、どんな賭け事なのかもまったく知らず、それなのに突然、土、日はテレビの競馬番組にかじり付くという、想像もしていなかった日々が始まった。レースごとの着順と配当金をパソコンに打ち込み、そのデータをレース毎に切り張り(!)してFAXで送信、読者が取り出す仕組み。もうひとつは、打ち込んだデータをあるシステムを使って読み取らせ、音声に変えて電話で自動的に結果を流すというもの。パソコンも十分に汎用化されていなかった当時のこと、新聞社もまだまだ前近代的で手仕事、手作業の時代、だからこれでも十分に画期的。

最初の頃は馬のあの黒い瞳に魅了され、走る姿の美しさに夢中になったが、次第に動物好きには辛い仕事になっていった。サラブレッドの使命はひたすら速く走ること。そのためだけに改良が重ねられた結果、あれだけの体をあれだけ細い脚で支えなければならなくなってしまった。500キロはある体重を4本の細い脚で支えて走るのだから、負担は相当なもの。その結果起きる事故が骨折。一日12レースのうち少なくとも1レース、何コースか廻ったところで急に一群から遅れ、離れてゆく馬がいれば、それが故障した馬。骨折とは言わずに「故障」。

骨折した馬のほとんどは「予後不良」。骨が砕けてしまうから治療など不可能。よしんば治療が可能と診断されても、重い体重を残りの3本脚で支えることなどできるはずもなく、手当ての甲斐なく他の病気を併発し、大抵は死に至る。だからよほどの名馬で、治療の望みのある馬以外、故障すればすぐに安楽死という名の薬殺処分。

競馬に詳しくなくても、ライスシャワーという馬の名前だけは聞いたことがあるかもしれない。きれいで利口で勝気で、それでいてどことなくおっとりとした雰囲気があって、好きな馬だった。1995年6月4日に開催された宝塚記念、このレース、競馬記者の大方がライスシャワーの勝利を予想していた。

ゲートから走り出し、いよいよスピードをあげて群れの先頭に立とうという時、ライスシャワーの体が突然前のめりになり、大きく崩折れた。その日のヒーローになるはずだった馬の前脚は、瞬間にして粉々に砕け、あまりの苦しみ方に、その場で安楽死処分という悲しい結末を迎えたのだった。

ライスシャワーが倒れた場面は、今も瞼から離れない。前脚を折ったのだから、頭もしくは胸から地面について転倒したはず、だから立ち上がって前脚で天空を掻くなどということは多分ありえなかったと思うのだが、そんな情景しか思い浮かばない。ヒーローの死はそれほどにも劇的、悲劇的なものだった。

なにもこの時だけではなく、ライスシャワー以前にもこんな場面はしょっちゅう。そのたびごとに、馬を賭けの道具にするなんてと思いはしたが、仕事と割り切っていた。ところが今度という今度、すっかり嫌気がさし、6年間続けた仕事をあっさりやめてしまった。

「経済動物」の定義、あまりよくは知らないが、牛・豚・鶏のように「生産」され「消費」される動物のことか。競走馬がどういう位置づけになるのかはわからないが、最初からサクラ肉になる運命、それならまだ経済動物としての宿命とあきらめもつくだろうが(つかないか!?)、人間に調教され、一攫千金を夢見る御仁の「賭け」のために命を張るのは、なんとも気の毒な話。

調教などされるものかと、生まれながらにひねた猫、それはそれで生きる知恵。なまじ人間になど懐かないほうがいい。

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写真:(上)小淵沢(山梨県)の乗馬クラブで馬と遊んだ時の写真。この子はたぶん引退した競走馬。こうした余生を送ることができる馬は幸せ。(下)塩原(栃木県)で会った「トテ馬車」引きのあいこちゃん。この子はなんとなく農耕馬ふう?


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追悼・番外編

2007年07月05日(木)

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20歳の青年が死んだ。その青年、ある合唱団でテナーを受け持っていた。医学部を受験していたが叶わず、二浪の末、今年、方針を変更して某大学に入ったばかりだった。確か神学部だったと思う。

彼と初めて会ったのは去年の夏、合唱団の打ち上げに同席し、たまたま隣に座ったのが彼だった。その頃はまだ、重度の鬱病に苦しんでいたことなど露知らず、それよりも将来を迷う若さがうらやましく、同じ年の頃、迷い多く、ふらふらとしていたわが身と重ね、甘酸っぱいような気持ちで彼の話を聞いていた。

しばらくして、彼がブログを書いているというので覗いてみたが、書かれていた内容は、夢を語る青年のそれではなく、水槽から飛び出してしまった魚のよう、ただただ生きることにあがきまくる、凄まじいものだった。この先生きていくことなど到底できないのではないかと、読んでいるこちらが苦しくなってしまうほどだった。

何に悩み抜いていたのか、何をどう解決したいと思っていたのか、他人には窺い知ることなど、いやいや当人以外、身内でさえできないことだが、ブログには家族との葛藤、それがトラウマになって逃れられないと記されていた。精神科に行けば薬の量が次第に増えてゆき、最後には14種類だか15種類だかになり、それを手のひらに乗せ、これだけ飲んでいますと、自虐的な報告。

歌が好きで、だから尊敬する歌手のレッスンにも通っていて、上手くなったと褒められては喜び、ドイツの演奏旅行に行き、すっかり世界を見る目が変わったと、殊勝なことを書く日もあったりしたが、間も空けずに、死にたい、死にたいという文字ばかりが並び、自殺未遂をしたと淡々と記す日まであって、いかにも不安定な日々。

合唱団の指揮者は、ブログを見ては、夜中であってもしばしば彼の家に駆けつけていたようだった。一人暮らし、食べるものがなくなったと書けば、一緒に活動をしている仲間が食料品を買い込んで持っていったり、だから、決して彼はひとりぼっちではなかった。それなのに死んでしまった。

たまたま昨日、彼の合唱団の仲間と、当の指揮者に会う約束があり、定刻に行ったが、いずれも時間に遅れてやってきて、その服装は黒づくめ。いやな予感がして、まさか彼・・・と問うと、やっぱり。女性は目を真っ赤に泣き腫らしていたが、彼らが一様に口にした言葉は、あいつ、最後まで迷惑をかけて許せない、と。悲しみよりも、葬儀の間、怒りでいっぱいだったと。

その言葉、憤り、なによりも悔しさ、彼の心に届いただろうか。そう、死んではいけなかった。人間なんて誰しもが苦しい思いを抱え込んでいて、それをみんな乗り越えている、などと陳腐なお説教をするつもりはさらさらないが、人の気持ちだけは裏切っちゃいけない。愛されたことへのお返しは、愛すること。愛することができるまで生きること、死ぬことなんかではなかったのですよ。生きていてほしかった。

心からご冥福を祈ります。


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写真(上)ささやかな気持ちを込めて。(左)天上のオルガンの響きの中で、貴方の魂が救われますように。


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「猫」の発音は猫に教わるのが一番

2007年07月13日(金)

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若い頃(今もたぶん若いけれど)、フランス映画とフランス文学が好きで、だからフランスに向けてずっと熱い眼差し。中学、高校と女子校、ハメをはずさないお行儀の良さが、心根がちょっとばかり不良の身には居心地悪く、日本の情緒的なおつきあいも苦手だったから、高校を卒業したら、フランス語をモノにして、なんとかしてフランスに「逃げよう」と、親にも内緒でそう思い続けていた。なぜか‘逃げる’という感覚。

何をしたいのかなんていうこと、もともと物事を論理的に考えるより、感覚派、行けばなんとかなるぐらいのいい加減さ。絵でも描いて過ごすか、それができなければ、ヒッピーなんていう「職業」が流行っていた時代だったから、そんな生き方でもいいやと。これほど漠然としていて、イメージのない夢なんて、実現するはずがないのが、「逆」マーフィーの法則。

夢を果たすべく某フランス語学校に行き、朝から晩までフランス語に浸る生活、2年間通い詰めたから、よし、これでフランスだ!…と密かにほくそえんでいた矢先、実家にちょっとしたハプニングがあって、フランス行きはあえなく頓挫。

仕方なく大学に行くことにしたが、フランスへの夢は断ち難く、その後もフランス語の勉強だけは細々ながら続けていた。そんなわけのわからない夢ばかり見ている時代なんて、いつか終わる。果たして、結婚して猫だらけの生活になり、どっぷりと日常。語学は使わないでいると日に日に錆びついてゆくと言われるが、まさに緑青ふいて真っ青。

そんな時、コミュニティ新聞に「フランス語教えます」の文字。久々にあの懐かしい言葉に触れたくなり、早速、門をたたいての弟子入り。その先生、フランスの女性雑誌『ELLE』の編集をパリでされていたとかで、右岸ビイキの、ちょっと気取ったおばさまだった。会話中心のレッスン。

フランス語の魅力はなんといってもあの発音。だから、映画を観てはジュブジュブ、シャンソンを聴いてはジュブジュブと、必死で音を真似ていたから、他はともかくも、発音だけはなんとかそれなりの‘つもり’だったのに、この先生、ただひとつだけ、どうしても私の発音でお気に召さない単語があるとおっしゃる。

それが、よりにもよってLe Chat(猫)という単語。シャという発音、いくら工夫しても、腑抜けに聞こえるという。唇を尖らせてみたり、横に広げてみたり、いろいろとやってみるのだが、どれもNon。しまいには、口の形がフランス語には向いていないんだとか、歯の並び方がまずいんだとか、いろいろと外形のせいにしてみたが、どうやらそうではなかったみたい。

Chatの語源は、猫のあの‘フーッ’という威嚇の声とか。あれがフランス人にはシャーッと聞こえるらしい。まあ確かに・・・。だからChatという発音、猫のシャーッを真似すれば良かっただけのことらしい。

そのことに気がついたのはつい最近。それを教えてくれたのが、我が家で一番気性の激しいミイちゃん。しつこく迫るフクが近づくたびに、せいいっぱい威嚇するその声がヒント、真似をしてみると、なるほど結構それらしく聞こえるじゃない。この際、ミイちゃんなんていう古色蒼然たる名前はやめにして、フランソワーズ。

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写真:(上)フランス語の恩師。ミイちゃん改め、フランソワーズ。(下)このミイちゃんの姿を見ると、日本の「猫」の語源は、「寝る子」なんだと改めて思ったりして。


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第九を弾きに

2007年09月07日(金)

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少し前のこと、某オケの手伝いに借り出され、9月に演奏されることなど滅多にない、ベートーヴェンの交響曲第九番(合唱付)を弾いてきた。ベートーヴェンが大好きというご近所の奥様二人、聴きに行きたいと言ってくださったけれど、チケットは結構なお値段がするものの、演奏はあまりお奨めのできるものではなく、だから今回は遠慮させて頂いた。

だって、小さな演奏会なら2回は行けるほどのチケット代。上質のホールに大編成のオケと合唱団、それ相応の実力派声楽ソリスト陣。経費を考えれば仕方のないことだとは思うものの、どれだけの質の演奏会にどれぐらいの対価を払うか、音楽だって「消費」だもの、そこはしっかりと計算しなくちゃ。

もともとベートーヴェンの曲がそれほど好きというわけではなく、だから第九にも格別な思い入れはないが、それよりも第九の四楽章、あの馴染み深い『歓喜の歌』で(おそらく)万人が「感動」を共有するというその事象に全体主義的なニオイ、胡散臭さを感じてしまい、演奏をしながら身も心も引けてしまう。

1937年、ヒトラーの誕生日を祝う席で、フルトヴェングラーが指揮し、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が演奏した曲と、1944年にアウシュビッツの強制収容所、ユダヤ人たちがガス室で最後に合唱した歌、そのいずれもが『歓喜の歌』だったという事実を知れば、なおさら複雑な思い。

もともとサッカーやオリンピックのように、「国民」が一丸となる状況にはどうしても馴染むことができない天邪鬼。そこには必ず「国家」が介在するからで、その意味ではかなりのアナーキスト(・・・定義曖昧)。

本当はみんなで日の丸の旗を振りながらワイワイと騒ぎたいのに、ニヒリスティックな方がかっこいいじゃないと、それだけの理由だったりして?それじゃあ、まるきり猫。

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写真:(上)ヴァイオリンケースは猫の特等席。いつも占領されてしまい、練習を終えたヴァイオリンは行き場を失う・・・。(左)今は亡きアミちゃんもヴァイオリンのケースが大好きだった。


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猫のいる「松山庭園美術館」

2007年09月19日(水)

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千葉県八日市場市にある松山庭園美術館に行った。最初から美術館を目指してのドライブではなく、近くまで用事があっての帰り、「美術館」という看板に引かれて、思わず寄り道をしてしまっただけのことなのだけれど。

間違えたかと思うほど狭い山道、こんな田舎道の中に、本当に美術館なんてあるのかしらと心配になりだした頃、ようやくカラフルな、人目を引くオブジェが現れてきた。ところが、駐車場に車を止めて入り口を探しても、それらしい場所はなくて狐につままれたみたい。これが美術館?

入り口でチケットを買い求めて中に入ると、武家屋敷に入り込んだような錯覚、手入れの行き届いた日本庭園が延々と続く。あちらこちらに日本庭園とはおよそ不釣合いな、けれど不思議と景色に溶け込んだ、ガンダ(使い古して捨てられた鉄くずなど)で作られたユニークなオブジェが立ち並ぶ「野外美術館」・・・。

ここは、此木三紅大(このきみきお)が建てた美術館で(私設!)、アトリエもあると言う。はて、アトリエはどこにあったのだろう。駐車場のすぐ横の門で黒猫が目を光らせていたけれど、あの門の中の、窓にステンドグラスのはめ込まれた、瀟洒なレンガ造りの建物、あれがアトリエ?

庭園には茶室の他に、「見晴らし亭」と呼ばれる20畳ほどの座敷もあって、自由に入れる。ここにあがり込み、爽やかな風に吹かれながら、目の前の広大な田んぼと里山を眺めていると、娑婆の憂さなどどこか遠くに消えてゆく。

「人」と「消費」に一切関わりのない世界、社会から隔絶した空間の、なんという清清しいこと。もっともここは美術館でありアトリエ、悲しいかな、人も消費も無縁の世界ではありえないのだけれど・・・。

今の田舎暮らしは望んでのことだったが、それでも10年も住むと、文化から遠ざかってしまったこと、活動拠点への移動が、平均して2時間はかかるという時間のロス、そして都会ほどに無関心ではいられない人間関係が少しだけ煩わしく、そろそろ都会に戻りたくなっていた。

それなのに、改めて空と緑しか見えない空間を堪能してしまうと元の木阿弥。いっそ、もっと人里離れた所に住もうかという気になってしまう。庭園をゆったりと歩く猫に出会えばなおのこと。猫、猫と騒がれることもなく、自然の中に、当然あってしかるべき生き物として生きている姿の、なんという心地よさ。

出会った猫さんはシャムのようで、呼ぶとのったりと側にやってきた。たぶん此木さんの飼い猫なのだろう。猫がお好きなようで、異様に数の多い肋骨の、骨だけの姿で伸びをしている猫や、鉄を溶接しただけの無機質な塊なのに、緑の中で今にも歩きだしそうな猫が、庭のあちこちから姿を現す。

屋内の美術館に展示されていた100号は越えそうな油絵の、何百というコマに分かれた絵の中にも、楽器を弾く人たちに紛れて、たくさんの猫が思い思いのポーズで描かれている。

此木さんの作品はもとより、それ以外の収蔵作品を堪能するもよし、猫との出会いを期待して出かけるもよし、自然を満喫するもよし。「松山庭園美術館」のホームページhttp://www.konoki.com/index.htmlには、たくさんの芸術作品と猫ちゃんの写真。

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写真:(上)門扉の黒猫さんと、シャムちゃんがお出迎えしてくれた。(左)松山庭園美術館の入り口。


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あけましておめでとうございます!

2008年01月03日(木)

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昨年はブログを通じて、いろいろな方とめぐりあうことができました。どの方も心優しい、そして繊細な方たちばかりでした。お会いしていない方たちとの不思議な繋がり、不思議なご縁をこれからも大切にさせて頂きたいと思います。今年もどうぞよろしくお願い致します。

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写真:(上)猫勢ぞろいでご挨拶!(左)にゃあちゃんは、眠りながら「招き猫」。


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サボっていました・・・

2008年07月10日(木)

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ブログの更新をずいぶんサボっていて反省。毎日いろいろな出来事があり、そのたびごとに「イザ、ちゅうとれ!」と思ってはいたのだけれど、貧乏人に暇なしというのか、それとも天性の怠け者だからなのか、他の用事にかまけてついつい・・・。

思い出すのは小学校の夏休みの宿題。最後の一週間は、いつも溜め込んだ日記書きに追われていた。花火大会なんてそうしょっちゅうあるわけじゃないし、海も滅多に行く場所じゃない、毎日毎日、スイカを買ってきましたと書くわけにもいかず早々にネタ切れ。最後には『子供新聞』を引っ張り出してきて、その中の記事を抜粋して感想を書き、日数を稼いだ。

夫に「ねっ、辛かったよねえ」と同意を求めると、毎日真面目に書いていたから別に・・・というつれない返事。フツウはそうなのかしら?(親にも責任ありそ)。細々ながらまたブログを再開します。ブログのお仲間、お友達の皆様、これからも引き続きジュリママをよろしくお願い致します。

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あけみのブログもおサボしてにゃい?

ドモ~・・・スミマセン


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プロフィール

ジュリママと猫たちを乗せて走る鈍行列車のちゅうちゅうとれいん。車窓から見える風景を、気ままに書き綴るブログです。あけみちゃんの絵日記、『あけみ参上つかまちゅりーっ!』もどうぞよろしく。どちらもボチボチの更新ですが、末永くおつきあい頂ければ嬉しく思います。

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