運が尽きるとき
2007年05月15日(火)
以前住んでいた家でのこと。夏の真っ盛り、園芸の道具を出そうと物置の戸を開けたところ、なにやら中でゴソゴソと動く気配がする。恐る恐る覗いてみると、奥のほうで茶色い猫が目を光らせてうずくまっていて、それどころか、生まれたばかりの子猫が何匹もお腹の下で動いている。物置を開けたのは1週間も前の話だから、とするとこの猫、猛暑の中で飲まず食わずのまま、サウナほどに蒸しあがった中で過ごしていたというのか。
お産をする場所を探し歩いていて、たまたま開け放していた物置に入り込んでしまってそのまま。そういえば数日前、物置の前を通り過ぎた時にガタンという音が聞こえはしたが、気にするでもなくそのままにしてしまっていた。自分は水の一滴も飲めないというのに、必死で子供にお乳を与えていたのかと思うと、母親の健気さと強さに、胸がきゅんと締めつけられる。
ところが母とは言えそこは猫、物置から一目散に飛び出し、子猫を置いたまま逃げてしまった。猫飼い初級だったママは、残された5匹もの子猫達をどうすればよいものやら、ただ心臓がバクバクするだけで解決策などまったく思い浮かばない。動物愛護団体の知人に電話をかけて事情を説明すると、「母猫は必ず戻ってくるから、なんとか捕まえて私の家に持ってきて」と言うけれど、そもそもどうやって捕まえればいいのか。仕方なく、ない知恵を絞り、大きめのダンボール箱に小さな入り口を作り、物置のすぐ横に置いて母猫が戻ってくるのを待つことにした。
しばらくして戻ってきた母猫、物置に入り、1匹ずつ子猫をくわえ出してきては、上手い具合にダンボールの中に運びこんでくれる。最後の子猫を運び終えたのを見計らって、用意していた毛布をダンボールにワッと被せ、そのままくるんで車に乗せ、大慌てで知人の家に連れていった。毛布というのは、以前別の友人が、ノラを捕まえる時には毛布を被せるのが一番なのよ、と話していたのを思い出したからだったが、今思うと無茶苦茶な話で、知人の家で毛布を開けると、母猫は飛び出して部屋の隅に逃げ込んでしまい、子猫のうちの1匹はすでに窒息死。しばらくしてもう1匹も死んでしまったが、当たり前といえば当たり前の話。
母猫は知人が面倒を見てくれることになり、3匹の子猫は離乳食が食べられるまでママが育て、その後里親を見つけることにした。行きつけの動物病院が貰い手探しに協力してくれたお蔭で、1ヶ月後に、茶キジは父親とやってきた小さな女の子の腕の中、大切そうに抱えて連れられてゆき、もう1匹の黒キジも、優しそうな若い女性に貰われていった。けれど、しっぽが捻じ曲がっている白黒だけは最後まで貰い手がみつからず、この子、もともとミバの悪い子だったので、きっと誰も貰ってくれないかもねえとパパと話していたこともあり、やむなく(いつもこれ…)我が家で面倒を見ることになった。
ところがどうして、当初の予想に反して日増しにかわいく変身してくれる。その上おとなしく、他の猫達が喧嘩を始めると遠巻きにして心配そうに眺め、もとより自分から喧嘩をふっかけることなど一度もなく、だから「平和主義者のカール君」と呼ばれていた。カールは何か訴えたいことがある時にはじっとママの目を見つめる癖があり、そのあまりにも純粋なまなざしに魅了され、かわいくて仕方がなかった。
けれど猫も人間と同じで「いい人(猫)」というのは、どうも長生きをしないらしい。ある日突然、水のようなものをものすごい勢いで吐いてぐったり。この時のかかりつけはまだアミちゃんと同じ、野性味たっぷりの獣医さんだったから検査もせず、たぶん「猫伝染性腸炎」だろうとあてずっぽう。外に出していない猫だったから、どこでどう伝染したのか今もってわからないが、とにかく点滴と注射でその場をなんとか凌いだ。
動物病院ではその頃から、見るからに頼りない、大学を出たばかりの見習い医師が、時々「大先生」の代わりに診察をするようになっていた。大先生のいない日に行くのはとても嫌だったが、どういうわけかカールは、大先生のいない日にかぎって具合が悪くなり、次第に状態は悪化してゆき、命の危機が急迫したその日は、ついに休診日と重なってしまった。
仕方なく、今まで一度も足を運んだことのない動物病院に連れていったが、ここは待合室から見える景色が「墓地」という、とんでもなく陰気くさいところ。生死の境をさまよっているカールを、こんな場所にある医院に連れてきたということ自体、なにやらすでに運命は決まってしまっているかのように思えてならなかった。まさに最後の運に見放されたという感じがして、なんとも心細かったが、案の定、カールはこの病院を最後に、たった5年のニャン生を終えてしまった。
それが命を持つものの宿命なのかもわからないが、人間も同じ顛末、母親の時もそうだった。転んで腰を打って救急車で運び込まれた病院は古くて汚く、設備、医師ともに最悪。すぐに転院させようと思ったがどこの病院も満床だからと断られ、果たして悪化の一途をたどるばかり。このタイミングの悪さこそ、運が底をついてしまう前ぶれで、「運が尽きる」という言葉があるけれど、母親もカールもまさにそんな感じだった。
悔しいことに、世の悪人どもというのはなかなか運が尽きない。いずれは尽きる運ではあるのだろうけれど、ママの周りの善人が、子供のお茶碗一杯分ぐらいの運を持っているとしたら、悪人というのは、丼に大盛り一杯分ぐらいの運を持っているように思えてならない。まさに「悪運」というやつなのだろうが、持てるものと持てないものの不公平って、こんなところにもあるというわけか。
写真:(上)ママをじっと見つめるカールちゃん。この瞳がたまらなかった。(左)ようやく離乳食になったカール。貰われていった茶キジの夢之助君(という名前をつけてもらった)と。
忠猫ピーちゃん
2007年06月14日(木)
ご近所さんが茶色のキジ猫を飼い始めたのは10年ほど前のこと。その家の子供が通っていた小学校の通学路に、何匹かまとめて箱に入れて捨てられていたのを拾ってきたという。お母さんと一緒に見にゆき、一番かわいかった子を連れてきたのだそうだ。
拾われた茶猫、確かにふっくら顔でかわいかったが、それにも増してこの子、並の猫とは比較にならないほど利口だった。朝、子供たちが学校に行く時には、必ず後をついてゆき、道路の手前まで送り出して戻ってくる。夕方帰ってくれば遊びの輪に入り、一緒にボールを追いかけたりしていた。だから近所の子供たちからも人気があって、ピーちゃん、ピーちゃんと、いつも名前を呼ばれていた。
その頃、我が家には前の家から連れてきた外猫のジンがいて、これがピーちゃんの兄貴がわり、それはそれは仲が良く、寒い日など、同じ小屋の中で抱き合って寝ているほど。こう書くと、ほのぼのとした話のように聞こえるが、実はこの子、飼い猫だというのに、他人の家の小屋に寝泊まりをしなければならない身だった。
ピーちゃんはオス猫、去勢をしていなかったから、家の中でも遠慮会釈なしのマーキング。被害の少ないうちは我慢していたが、お年頃になってからは布団にたびたびの粗相、ついに家族中から総スカンを食らい、飼い主、それからというもの、家の中には一切入れないことにしてしまった。それ以来ピーちゃんは半ノラ生活、毛の色艶を見ただけでは、ノラなのか家猫なのかわからないほど薄汚れてしまったが、猫にしてみればまったくもって理不尽な話。
しばらくするとピーちゃん、涎を流しはじめ、極端に痩せ細り、明らかに重い病気の様相を見せ始めた。猫という動物、最後の最後まで弱った素振りを見せようとはしないから、人間が気遣ってあげなければいけないのだけれど、飼い主が病院に連れてゆく気配はまったくない。
お節介は承知の上、心配になり、獣医さんから抗生物質を貰ってきて、こっそり投与。薬など飲んだことがないから即効、急激に回復したように見えたが、それも束の間。猫をたくさん飼ってきた身、水晶玉など覗かなくとも、あとどのぐらい生きるかは、なんとなく想像がつく。
気が気ではなく、ついに、共働きで昼間はほとんどいないことをいいことに、飼い主不在を狙って拉致、動物病院に連れてゆくことにした。ケージに入れて車に乗せたが、まあその臭いこと臭いこと。おまけにこの猫、病院に着くまで人間の言葉をしゃべり続ける。「こんなことして、母ちゃんに言いつけてやるから」とかなんとか、そんなふうにしか聞こえない鳴きかた。
インターフェロン、抗生物質、点滴の3点セットを済ませて帰宅。絶対に内緒よ、と言い聞かせて放した。そんなことを3回ほど繰り返したが一進一退。目に見えて弱っていったが、それでも飼い主はこの子を家の中に入れてあげようとはしない。病魔に勝てず、ついに最後の日、車で帰宅すると、道路の真ん中に座り込んでいるピーちゃんがいた。
自力で歩くことなどできなかったから、抱き上げて連れ帰り、飼い主が帰ってくるのを待ち、もう危ないと思いますから、せめて今日だけでも、家の中に入れてあげてはくれませんかと懇願。その時、もう立てないはずのピーちゃんが私の腕からスルリと抜け、ニャアと鳴きながら飼い主夫婦の足元によろよろとしながら擦り寄っていった。力の入らない体で、それでも一所懸命甘える。ハタから見ればヒドイ飼い主、それなのにピーちゃん、恨むどころか、誰よりもその飼い主を信じ、愛しているのだった。
それから数時間後に亡くなってしまったピーちゃんの、最後まで飼い主を慕っていたその気持ち。当の飼い主がどう思ったかはわからないが、今は二代目の猫。今度は一切外に出さない。
写真:(上)最後まで飼い主を想い続けたピーちゃん。改めて写真で見ると、やっぱり寂しそう。(下)我が家の外猫、兄貴分のジン。こちらは幸せでした。
居候、3杯目でも遠慮なし
2007年06月21日(木)
一休さんのところから我が家にきた猫は2匹。しょっちゅう猫を拾っているから、猫を貰ってと一休さんから懇願された人は数知れず。姉もその一人だが、姉にとっては義理の兄。だから、よほど無理なことでもない限り、頼まれたらそう簡単に断ることもできない。
その時も一休さん、猫を拾ったはいいがすでにいる子との折り合いが悪く、飼ってあげることができないから貰ってほしいと、いつもの口上を並べ立てて電話をしてきたらしいが、姉もすでに猫を飼っている。
その子、親子3匹で我が家に迷い込んできたうちの母猫。子猫は人間を知らず、だから触ることもできないから仕方なく外猫、母猫のほうは人に馴れていて性格も穏やか、いつか家の中に入れてあげたいと、その機会をうかがっていた。けれどその時すでに2歳ぐらい、先住の猫とうまくやっていけるだろうかという不安が先立ち、なかなか決心がつかないまま、何ヶ月かが過ぎてしまっっていた。
そんな時、数年ぶりに姉が我が家を訪れた。多忙な人だから会う機会などほとんどない。いや、ほんとうは姉との間には母の介護の問題、どちらが母の面倒を見るかという世間にありがちなゴタゴタ、そのせいで疎遠になっていたというのが正直なところ。介護に疲れて精神的・肉体的に限界、だから母を少しだけでも預かってと持ちかけ、やっとのことで母を連れにやってきた日のことだった。
後にミニイちゃんという名前になった母猫、昼間いることなど滅多になかったが、その日にかぎって一日中家から離れず、何を思ったか、人目に一番触れる玄関の足ふきマットの上で寝ていた。かわいいわねえ、と姉が呟いたそのタイミングを逃さじとばかり、ねえ、この子連れていかない?
猫が欲しかった姉は二つ返事、喜んで連れ帰った。本来の用事のはずだった母の話はドサクサにまぎれてそのまま、連れてゆくはずの母が猫に化けてしまったという、落語みたいな話。
その猫を目の中に入れても痛くないというほどかわいがっていたから、他の猫を飼う気などまったくなかったが、義兄の頼み、断ることもできずに貰ってしまったという。ところが貰った子とミニイちゃんは殊の外相性が悪い。手に負えず、ついに誰か貰ってくれないかしらと。
聞けば生後2ヶ月ぐらいの子猫。それぐらいの子なら貰い手もつきそうと、心当たりの何人かにメールを出すと、すでに3匹飼っていた友人が、3匹も4匹も同じだからいいわよ、と連絡してきてくれた。姉とはその友人の家で待ち合わせ。どんな猫がくるかと楽しみに待っていたが、姉の持ってきたケージの中からのっそりと現れたのは、子猫ならぬ大猫。どう見てもユウに生後半年。
友人には子猫と言った手前申し訳がたたず、ごめんなさいねえと、謝りながら連れて帰るつもり、ところが、その様子を黙って見ていた友人の息子さん、突然猫をさっと抱き上げ、逃げるように二階に連れていってしまった。友人とあわてて追いかけたが、せっかくウチに来たのに、返すなんてかわいそうじゃないかと言って、猫をしっかり抱きしめ放さない。
その子、その頃中学2年生。登校拒否で、学校にはほとんど行かずに「引きこもり」。髪を茶色に染め、挨拶もろくすぽしない。友人と会うといつもその子の話でもちきり、高校に進めないかもしれないと心配し、悩み、嘆いていた。
それからもう7年ぐらいになるか、先日久しぶりに友人と会った。息子さんも一緒だったが明るい顔、その後専門学校を卒業し、それなりに楽しく仕事をしているらしい。あの優しさだもの、きっと大丈夫と思っていたとおり。
子供の心配がなくなった彼女の今度の嘆きは、あの日置いてきた猫のこと。ものすごい大食漢で大変なのよお・・・と。一日中後をくっつきまわり、ゴハンッ、ゴハンッとなきわめく。あまりにうるさいから、つい缶詰を開けてしまうのだが、その甲斐あって(?)、かつての大猫はさらなる大猫、いまや10キロを越すほどになってしまったという。またしても平謝り。
写真:(上)救いの主が現れ、めでたく友人の家の子になったアヤちゃん。(下)姉夫婦のところでメロメロに可愛がられているミニイちゃん。
コボ帰る
2007年09月04日(火)
奇妙な唸り声をあげて庭に飛び込んできたチャチャが、それきり姿を見せなくなって数ヶ月。兄弟だったコボちゃんも同時にいなくなってしまい、何かの事故、きっと一緒に天に召されてしまったのだろうと、すっかりあきらめていた。
そのコボちゃんが今朝突然姿を現し、ニャアニャアと足元にまとわりつく。コボちゃんなの?と聞くとニャイと返事。独特の胴長長足、間延びした顔立ち、まごうかたなきコボ。
外猫が増えるのはもう勘弁だけれど、それでも、戻ってきてくれた子を歓迎しないはずはなく、魚屋さんから調達した中オチを焼く時間ももどかしく、家の中の子たちの缶詰をちょっと拝借しての大判振る舞い。今の今まで、どこでどうしていたのだろう。
もともと出自がノラだから、人にはそうそう簡単に懐かず、だから、飼ってくださるとしたらよほど奇特なお宅、家猫に昇格するなんてまず考えられない。それでも、いなくなった時の姿形と同じ、痩せてもいなければ、荒んだ様子もない。
猫は3軒の家と3つの名前を持っているというから、コボもあと2軒の家で、鰹節だのメザシだのチーズだのと贅沢三昧、名前もジョンとかシェーンとか(犬じゃないんだって)、だから、帰ってくる気になれなかったのか。
それとも、「愛」なんていうカッタルイものに全身全霊、一途にのめりこみ、しばらく我を忘れての放蕩三昧、我が家のことなど思い出しもしなかったのか。それにしては、恋に破れたという哀愁が漂うでもなく。
いずれにしても帰ってきたのにはそれなりの理由があってのこと、何も言うまい、何も聞くまい・・・お帰り、コボちゃん!
写真:(上)手前がコボちゃん。茶キジのチビは田吾作。(左)チロ。チャチャがいなくなったのと同時期に体調を崩し、極端に痩せ細って心配したが最近ようやく回復。いつも一緒だったチャチャがいなくなって以来、表情の暗いのが気にかかる。
不可思議な猫、ミミ
2007年10月07日(日)
本屋さんに行くと、人気のある猫さんブログが書籍化されて山積みになっている。なぜかそんな本を見ると「親孝行」という文字が頭をよぎるのは、欲の皮が突っ張っているせいかしら。ダテに猫を飼っているだけ、という我が家とはダンチじゃない。
昨日見たのは、『まこという名の不思議顔の猫』という本。立ち読みをしてきただけなので(買わなくてごめんなさい!)、内容にちょっと間違いがあるかもわからないけれど、ある動物プロダクションが倒産し、そこに残された100匹近い猫を動物愛護団体が保護して里親探し。そのうちの1匹が「不思議顔」のまこちゃん。
飼い主になられた方は、あまたいた血統の良さそうな美猫達の中から「不思議顔」のまこちゃんを見つけだし、この子じゃ他に貰い手がつきそうにもないからと、あえて貰ってきたらしい。この子でいいんですか?と聞かれたとか。
ペルシャと何かのMIXらしいが、確かに元の種類はよくわからない顔立ち。貰った当初はゴリゴリにやせ細り、あちこちにハゲがあり、食にだけは異様なほどの関心を示す。可哀想に、よほど苦労したのだろう。
このお宅にはもう1匹猫ちゃんがいて、こちらも愛護団体経由。京葉道路に捨てられていた子で、名前はしおんちゃん。あのすごい交通量と猛スピードの車の中、誰がどうやって捨てたのだろう。ドイツの、あのアウトバーンにわざわざ動物を捨てる人がいると聞いたこともあるけれど・・・ヒドイ話!
私も首都高を走っていた時、一度だけ路側帯(といってもほんのわずかの幅)を必死の形相で、車の走る方向とは反対の方向から歩いてくる犬を見たことがある。こちらも100キロ以上のスピードで走っているから、車を止めて助けてあげようにも、そんな状況にはない。
どう考えても、助かる見込みなどなかっただろうあの犬の顔が、今もまだ忘れられない。道路公団に連絡をすれば救出してもらえたのかしら。とっさにそんな知恵は回らなかったし、それに、救出されたところで私が引き取らない限り保健所行きは間違いなく、いずれにしても犬の末路は哀れ。
その時のことを思い出し、京葉道路で拾われたという猫の運の良さにまず仰天。ところがこの子、余程、恐い思いをしたのか、家の中でもほとんど姿を現さないのだそうだ。いつもおどおどとしていて、ごはん時に姿を現しはするものの、すぐにどこかに隠れてしまう。
実は、同じような「家庭内野良猫」状態の子が我が家にもいる。ミミちゃんは、京葉道路ほどではないけれど、やはり交通量の激しい国道16号線にあるディスカウントスーパーの事務所脇に捨てられていた。
そこは車の振動がかなり伝わる場所。そのせいなのか、拾ってきてからしばらくの間は、家の前を車が通り過ぎるだけで逃げ出すほどだった。
今もまだ臆病なことこの上なく、ごはんを食べている時に近寄ろうものなら、一目散に逃げ出してしまい、布団の中に潜って出てこない。今日はまだミミちゃんの顔を見ていないわねえ、なんていう日もしばしば。お外の子とのほうが余程接触時間が長い。
人間が大好きなのにいつも隠れてばかりいるこの子。これから先、強い猫に変身することなど絶対にないだろうけれど、それなりに幸せと思って暮らしてくれればいい。
猫のブログを見ていると、これだけ(損得なしに)動物のことを大切に思う人たちがたくさんいるのに、どうして不幸な動物が減らないのだろうかと。心が痛みます。
写真(上):ミミちゃんは他の猫にも警戒心たっぷり。この顔は大の苦手のムメちゃんが側にいるから。ムメモはミミが臆病なことを知っていて、わざと追いかける。(左)終日こうしてベッドの中に潜りこんでいるミミ。
ジュリママ、ふっかーーーツ!
2007年11月09日(金)
11月2日まで忙しくて、ブログを更新することもできずにいた。書く時間がまったくなかったわけでもないのに、精神的に余裕のない日々。お気に入りの猫ブログを、毎日楽しみに覗かせて頂くのが唯一の楽しみだった。
このまま終わっちゃうの?なんて自分でも思っていたのだけれど、今日、どうしても書かなければならない「事件」が発生して、一挙に復活!捕獲に失敗した明日香ちゃんのこと。その後捕獲して避妊手術をしたのだけれど、取り逃したあの一週間はやっぱり痛かった…というお話。
先日、猫仲間のご近所さんから、生後2ヶ月ぐらいの子猫2匹を見かけたけれど、どこの子かしらと電話があった。そんな子猫を見たことなどなく、やだー、また誰かが捨てたのかしらねえ、なんて言っていたら、どうやら明日香ちゃん、捕獲に失敗した一週間の間に出産を済ませていたらしい。
数日前、わっさわっさと3匹(2匹じゃなくて、3匹も!)の子猫を引き連れて我が家の庭にやってきた。見た瞬間に頭は真っ白。ただでさえ「クレゾールおばさん」が出現しているというのに、これ以上猫がうろついたら、9年間も外猫として無事過ごしてきた子たちに危機が及ぶかもしれない。
里親探ししかないと決心して罠を仕掛けたところ、どうやら我が意に神様も賛同してくださったらしく、ありえないというシチュエーションが展開して子供3匹を無事保護。病院に直行してエイズ検査だのなんだの。ちょっと風邪をひいてはいるものの、他は無事陰性でまずは一安心。
今は環境の激変に馴染ませるためケージの中に入れているが、まだ1ヶ月半ぐらいなので、野良ちゃんの子でも十分に人間に懐く年齢。来週あたりから家の子たちと対面させ、かわいい子に育てあげてどなたかに貰って頂かなくちゃ。(すみません、どなたか里親さんがいらしたら、ぜひぜひぜひ!!!ご紹介ください。かわいい写真を撮ったらアップします。)
…と、そんな騒動に巻き込まれてうんざりしていたら、今日は保健所から「ご近所から苦情が出ているので実情を調査しにきました」と。
避妊手術、里親探し、エサやりの方法など、すべて東京都などの自治体が行っている地域猫に準じたやり方をしていることを説明し、苦情は匿名ではなく実名で、その際には我が家の外猫が迷惑をかけているということを証明できる写真を持参し(だって、放して飼いの飼い猫も周囲にはいっぱいいるんですから)、直接来訪してくだされば、苦情の解決策を模索しますと伝えて欲しい旨、逆要請。
保健所の方たち、まったく文句を言うでもなく、問題はありませんので了解しましたと帰られた。「捕獲などという話が持ち上がった場合には、必ず我が家に連絡をしてくださいね」と言うと、「猫は捕獲できないんです」。薬殺だの虐待だのは動物愛護法で罰金刑、捕獲もできないのは百も承知。それでもやってる人はいるんだもの、念を押しとかなくちゃ。
直後に、たまたま庭を掃除していらしたご近所さんに、迷惑をかけていたらいつでも言ってくださいねと言うと「飼ってあげられなくてごめんね、っていつも心の中で言ってるのよ」と優しい言葉。別の家からお婆ちゃまも出てこられ、「猫なんてなんとも思っていませんよ、それより、ウチの庭が草ボウボウで迷惑をかけていることのほうが気にかかって」と呵呵大笑(豪快なお婆ちゃま)。やれやれ・・・。
動物の命を守るというのは、並々ならない体力と気力が必要らしい。あのちっぽけな命ひとつぐらい、簡単に守ってあげられそうなものだけれど、闘いの相手は猫じゃなくて、どうにも偏屈な人間という生き物なんだもの。まったく、人間ほど厄介な生物なんて他にいやしない。
大変だけれど、できるかぎり猫達を守ってあげなくちゃ。人間も猫も束の間の生を受けて今があるだけで、100年も経てばお互い影も形もありゃしない。所詮仮のこの世で、他の生き物の命を疎んじ、抹殺しようとする行為のなんて虚しいこと、まったく馬鹿げているとしか言いようがない。
写真:(上)捕獲成功!(左)保護直前の明日香ちゃんと子猫たち。親子の別離はほんとうにかわいそう。明日香が馴れていれば一緒に保護するのだけれど、触ることさえできない・・・。
にゃあちゃんが笑った♪
2007年12月06日(木)
赤ちゃんが初めての笑顔を見せた時って、きっと親はたまらなくかわいいと思うんだろうなあ。愛情をたっぷり受けた赤ちゃんが、初めて親に見せてくれた笑顔の嬉しさとはまた違って、辛い幼少期を経て、自分の人生に希望を見出した子供が初めて笑ってくれたような、そんな嬉しさを、にゃあちゃんのこの写真を見ていると感じてしまう。
ずいぶん前のこと。知人が病院経営の傍ら児童養護施設も運営していて、そこの施設長とも顔見知りだったことから、どうしても人が足りないので、1ヶ月ほどお手伝いをしてくれないかと頼まれたことがあった。福祉の現場が人手不足なのはいずこも同じで、ここもご多分に漏れず、職員の出入りが激しい。
10年ぐらい前、母親の介護で心身ともに疲れ、どこか信頼できる相談機関はないものかと探したが、見つけることができず、それならいっそのこと自分で勉強してしまおうと、大学の社会福祉学科に編入し、「社会福祉士」の資格を取ってしまった。
だから、実際の専門分野とはずいぶんかけ離れている感じがするものの、福祉の現場に関わるというのもお門違いなことではなく、抵抗もなかった。
不安だったのは、老人福祉はなんとかなりそうでも、子育てをしていないから、子供の心理を理解することができるかどうかということ。机上の理論だけで子供の心など掴めるはずもない。
養護施設に預けられている子供たちの事情はいろいろだが、親のネグレクトや、親から虐待を受けている子供がほとんど。だから、満面の笑顔を見せてくれることなど滅多にない。
最初は心を開いてもらおうと、なるべく言葉がけを多くするようにしていたが、言葉に対する反応が少なく、上の空の子が多いことに気づき作戦変更。ことあるごとに抱きしめてあげることにした。泣いている時、喜んでいる時、寂しい時。どんな事も体ごと引き受ける。
どうやら子供達にとって一番嬉しいのは、何よりもギュッと抱きしめてもらえることだったらしく、抱きしめられた経験の少ない子たちは、最初戸惑いを見せていたが、そのうち自分から胸に飛び込んでくるようになった。
風邪をひいた5歳の男の子を抱きしめた時には、「風邪がうつるよ」と気遣ってくれた。「○○君の風邪なら喜んでうつってあげるから大丈夫よ。」と言うと、恥ずかしそうにぎゅっと首にしがみついてくる。その時に絡みついてきた細い腕の、か弱い力を今もまだ忘れることができない。
しばらくすると、なかなか心を開いてくれなかった子供たちが、笑顔で駆け寄ってきてくれるようになり、そのことがなによりも嬉くてならなかった。寂しくて、いつも泣き顔のまま過ごしていた女の子が、画用紙一面に絵を描いて持ってきてくれて、それを思いきり褒めてあげたときの、あの初めて見せてくれた笑顔も忘れられない。
笑顔を忘れた子供達が初めて見せてくれる笑顔には、「幸せ」がいっぱい詰まっている。猫と一緒にするなと厳しく叱られてしまいそうだけれど、保護された時、あれほど暗い顔をしていたにゃあちゃんが、こうして、まるで笑っているような顔に変化したのを見た瞬間、あのときの子供達の顔が次から次へと思い浮かんでしまった。
幸せになっているかしら。笑顔を分かち合える人とめぐり合って、うんとうんと幸せになってほしい。
写真:(上)笑っている・・・でしょ?(左)保護して1ヶ月経過したころのにゃあちゃん。
フクちゃん、また会いましょ!
2008年03月20日(木)
フクちゃん、本日午前10時少し過ぎに、ひとり空へと駆け上っていってしまいました。
そのほんの1時間ほど前、やっとの思いで体を起こし、いつもと変わらない目で私を見つめ、ニャアとひと声。あらあ、声を聞かせてくれたのね、ありがとう、そう言って頭をなでると、健康な時のようにグルグルグルグルと際限なく喉を鳴らしてくれた。苦しいだろうに、それでも愛情に応えようとしたのか、その健気さがとおしくてならなかった。
闘病生活で体はボロボロになってしまったけれど、本当によく頑張ってくれたと思う。フクにとっては大変な2ヶ月、でもその間、できうるかぎりの介護を思う存分してあげられたことで、飼い主はどうにか気持ちの整理をつけることができそう。フク、時間をくれてありがとう。
あと10回もこんな悲しい思いをするのかと思うと、暗澹たる気持ちになってしまいそうだけれど、小さな命と過ごす、その辛さ、悲しさを全部引き受けながら、それ以上にたくさんの猫たちがくれる、たくさんの楽しい思い出を積み重ねていくことにしよう。
応援してくださった皆様、ありがとうございました。貴重なご助言を頂いたり励まして頂いたり。それはそれは有難く、そして嬉しく、コメントを拝見するたびに、メールを頂くたびに涙がこぼれてなりませんでした。ほんとうにありがとうございました。
写真:(上)この写真から僅か6ヶ月後に別れがあるなんて・・・。(下)いつもコメントをくださるねこぼーしさんが、ご自宅のお庭(風雅庭)に咲くこのシロバナタンポポにフクちゃんという名前をつけ、回復を祈ってくださっていました。
拾う神・・・に期待して
2008年05月12日(月)
ちょうど一週間前の5月5日、千葉県佐倉市にある川村記念美術館に行った。しばらく仕事が立て込み、精神的な余裕をすっかり失ってしまっていたから、どこかほっとする場所に行きたかった。美術館も人でいっぱいかしらと心配したが、子供の日だからきっとみんなはディズニーランドと勝手に決め、出かけることにした。
どんな展覧会をやっているのかと、出かける前にネットで調べたが、メンテナンス中だったのかアクセスすることができず、結局行き当たりバッタリ。運良く「マティスとボナール ―地中海の光の中へー」という企画展が開催されていて、ボナールはそれほどでもないが、マティスは、まあ好きな作家だったからラッキー。
企画展もなかなかだったが、川村記念美術館の常設展はすごい。今回はリニューアルされたこともあって、以前にも増してたくさんの作品が展示されていた。この美術館、もともとは大日本印刷が設立したもの。2代目社長が蒐集したというピカソやブラック、そしてカンディンスキー、3代目社長が蒐集したロスコの壁画作品、他にもレンブラントだの横山大観だの、1000点もの作品を所有しているというから驚く。
ルノワールの<水浴をする女>、モネの<睡蓮>、ローランサンの<ピクニック>、レンブラントの<広つば帽を被った男>、マグリットにポロックにシャガールに藤田嗣治に尾形光琳…と、誰もが知っているような名画ばかり。思い出すだけでもクラクラする。展示室ひとつで総額いくらの絵が掛けられているのかしらと、貧乏根性まる出し。それにしても、企業ってどうしてこうも儲かるのかしらと、次にはねたみ根性まで。
それでも、蒐集した作品を一般向けに公開しているのだから企業の姿勢としてはまずまず。バブルの頃といえば絵は投資の対象。だから、世界的に価値のある作品を会社で購入したものの、値段が高騰するまで風呂敷を被せて社長室の金庫…かどうかはわからないけれど、芸術の社会的貢献なんてことは完全に無視されていた。今も内実はそう変わっていないのかもわからないが。
たくさんの名画を堪能した後は、9万坪という広大な庭園にある自然散策路を、ゆったりとした気分で散策する。ゴルフ場を思わせるような整然とした景色はあまり好きになれないが、池には白鳥やマガモがいて楽しませてくれる。
ところが、今回は思いもかけないことから憂鬱な気分を引きずることになってしまった。祝日で人が多いということもあるからなのだろう、いつもは見かけないおじさんが庭園内の案内をしている。ロープが張られていて、「はい、そちらは行けませんよ~」とか。その足元に白地に茶ぶちの猫がいる。
写真に撮ろうと近づくと、この子、それはそれは人馴れしていて愛想がよく、駆け寄ってきてスリスリ、膝にまで登ってきてしまう。おじさんが側で私に声をかけた。その猫、家に連れていってあげてくれませんかネエ…。「今は無理だわ」とつぶやくと、おじさん、来る人来る人に同じことを言っている。たぶん捨てられたんですよ、かわいそうだから、ねえ家に連れていってくれませんか・・・と。
連れていってあげたいのはやまやまだったけれど、見ず知らずの大人猫を家の中に入れればどうなるか。フクは、ココとミイちゃんを家に入れたストレスで死んでしまったに違いない、もともとの5匹で平和に暮らしていれば長生きできたのにと、それはそれは後悔しているから、連れて帰る勇気がない。
誰か連れていってくれないものかしらと、後を振り返り振り返りしたが、どの人も頭を撫ぜはするものの、おじさんの言葉には首を横に振っている。未だに、とにもかくにも連れてきてしまって、里親を探してあげればよかったのかしらと、あの子の暖かい体温を思い出しては心が重くなる。どうか、どなたか心優しい人に拾われていますように。
写真:(上)川村美術館の池で過ごすマガモ。夫の第一声は「あっ、デコイ!」・・・我が家のトイレにはマガモのデコイが。(下)件の茶白君。ああ心が痛む。ごめんね、連れてきてあげないで。マガモのように、羽根があれば飛んでこられるのにね。
お久しぶりです!
2009年03月15日(日)
福太郎が天に召されたのが3月20日。会えなくなってもう1年になる。去年の今頃は、明日も生きていてくれるかしら、あさってはどうかしらと、そればかりを思って過ごしていた。死んでしまうなんて思ってもいなかったから、なかなか気持ちの整理がつかなくて、時々、似た子がいないかと猫の里親のサイトを覗いてみたり。
でも最近は、猫の里親サイトからちょっと足が遠のいてしまった。何が辛いって、里親を探している子たちが保護された経緯。殺処分寸前にセンターから引き出してきた子、虐待の多い地域で保護された子、ブリーダーが遺棄した子。助かった子たちはとても幸運だったけれど、センターに残された子たちは?虐待だってずっと続いているに違いない。売れ残ったペットショップの子たちは?・・・そう思うと気持ちがズッシリと重くなってしまう。
「他にもたくさん里親さんを待っている子がいます」というブログをクリックすれば、これから殺処分が行われるというビデオが公開されていて、とても観る気にはなれないから急いでブログを閉じてしまうが、最初の停止画像に写っている猫たちの姿が瞬時に眼に張り付いてしまい、何日もその姿を思い浮かべては、非力な自分を責めることになる。
不幸な子たちを一匹でも助けたいと、大変な思いで活動をされているボランティアの方たちには敬意と感謝の気持ちでいっぱい。少しでも協力したいのはやまやまなれど、個人でできることには限りがあって、せいぜい10匹の猫たちを幸せにしてあげるぐらいが関のヤマ。できることをする…そういう人たちがたくさん集まれば不幸な子たちもきっといなくなる、その一人でいいんだと、そう信じるしかない。
そんなことを思っていたら、3月12日の西日本新聞に、『犬殺処分ゼロ・熊本市の挑戦・持ち込みの飼い主説得・HP開設し迷い犬紹介・生存率82%・地道な努力成果』という記事があって、思わず注視。犬の殺処分数は毎年約11万匹、そんな中、熊本市は犬を飼い主に戻すことや新たな飼育者探しを続け、処分率を全国トップクラスの2割以下に減らしているのだそうだ。
2002年から動物愛護推進協議会を発足させ、生存率を上げる取り組みを始めた熊本市。熊本市動物愛護センターでは週1回、保護された犬を譲り受ける飼い主が必ず受講しなければいけない譲渡前講習会というのがあって、殺処分される犬を映し出したビデオを見た後、獣医師がペットの面倒を一生みられるかどうか、貰い手の意志を確認するという作業を行うのだとか。
センターの職員は、娘と一緒に認知症の犬を連れてきた母親に「家族同然の犬を捨てていいんですか。娘さんはお母さんの背中を見て泣いていますよ」と翻意を促したり、転勤などで犬が飼えなくなったという飼い主には、新たな飼い主を探すよう求めたり、それでも、引き取りを求める人には「犬を飼う資格はない」と非難したり。
その努力が稔り、2007年度の犬の引き取り数は10年前の1割。飼い主に返還する犬も増え、1998年度には12.4%だった生存率が2007年度にはなんと82.1%にまで上昇したというのだからすごい。その他、センターの職員が小学校で動物の命の大切さを教える出前授業を始めたり、センターで50匹を限度になるべく終生飼うという試みまで。えさ代はボランティアの寄付などで賄っているそうだけれど、民間のシェルターへの補助金、なんていうところまではなかなか無理かなあ・・・。
一方、読売新聞に掲載されていたのは福岡県のケース。こちらは『殺処分の犬、猫救え…ワースト返上へ福岡県が本腰』というもので、福岡県では犬猫の殺処分を少しでも減らそうと、成長した犬と猫は2000円、子犬と子猫は400円で持ち込みを有料化する方針を決めたのだそうだ。でもこちらはちょっと・・・。飼い犬飼い猫をセンターに持ち込んで、窓口でお金を払う飼い主の姿を思っただけでも反吐が出そうだし、大切な命の値段がワンコインにもならないというのは、とてつもなく悲しい。それに、お金を出したくないからと持ち込みをやめる飼い主が、最後まできちんと面倒を見るはずもなし。それでも、何の策も講じようとせず、連日アウシュビッツを繰り返す行政よりはず~っと良心的か。
熊本市のやり方は、今後下関市でも取り入れる予定らしい。九州で広まりつつあるこうした取り組み、桜前線と一緒に北上してくれればいいのだけれど。「めでたい春」はいつ来るかしら?
写真(左)こちらもブリーダーの遺棄した子(・・・らしい)。この子の命をなんだと思ってるの?
命が売られているなんて
2009年08月06日(木)
週末から忙しくなるので今日中に買い物をと思い、蒸し暑い中車を走らせる。いつも一週間分のまとめ買いをしているので、時間はかかるしすごい量。家に帰り着いた時はへとへとになっている。今日は、そんなへとへとがさらにへとへと。
帰り際、大型スーパーのペットショップにドライフードを買いに寄ったら、今日にかぎって『ワンニャンフェスタ』なるものが開催されているんだもの。「店内に200匹のワンニャンが勢ぞろい!」という、黄色い声のアナウンスが駐車場に響いていたのだから、すぐさま踵を返し、他の店にすれば良かったものを。
店内に入るとムワッと獣臭。その昔、北海道の熊牧場に行ってそのあまりの臭いに、両手を頭の上で組み、せっせとエサをせがむ熊を見ても、かわいいと思うどころか、とにかくこの場を抜け出さなくちゃとそればかり思ったことがあったが、まさにそんな感じ。
臭いで頭がくらくらするのを我慢しながら、とにかく目的のドライフードの置いてあるところまで行こうと思うのだけれど、通路の両脇には、ワンニャンが入れられているケージがうず高く積まれていて、そこを抜けないことには目的の場所にたどり着くことができない。
見ない、聞かない、考えないを心に言い聞かせ、ひたすら床だけを見て歩くことにした。目的のドライフードを手にするや、同じように床だけを見てレジに向かい、大慌てで会計を済ませて外に出る。無事、一匹のワンにもニャンにも目をあわせることなく済んだが、ドライフードをいくつも買い込んだのに、猫一匹声かけるでもなく、顔を引きつらせたまま店を飛び出したあのおばはん、ちょっと挙動不審と思われたかも。
ふ~っ、なんたるこった。200匹のワンニャンなんて、完売するはずがないじゃないか。売れ残った子たちは、この暑い中を次なる展示場に移動させられるのか、あるいは売れ残りとして処分されてしまうのか。「血統書なんてクソクラエ」と呟きながらの帰路。
玄関を開けると出迎えにくる猫たち、良かったわねえ駄猫でと抱きしめる。
里親さん見つかりました
2009年09月08日(火)
マリちゃんの避妊手術 も無事済み、昨日退院。うんと小さいけれど、4匹の仔が既にお腹の中にいたそうだ。他の子の時より幾分傷口が長目にみえるのは、たぶんそのせいなのだろう。この地に姿を現したのが7月下旬頃だったから、1ヵ月半のノラちゃん生活。子猫だとばかり思って油断していたけれど、こんな美女だもの、男猫さんたちがほうっておくはずがないか。
線路のような傷口は痛々しいけれど、本ニャンは平気の平左、縫い目からチョンチョンと出ている糸を気にして舐めることもなく、だからエリザベスカラーも絆創膏も必要ない。とにかく悠然としている。診察室に入り「マリちゃん、いい子にしていましたかぁ」と声をかけた途端、グルグルグルグルと喉を鳴らして喜んでくれて感激。
「ずいぶんケージに慣れていますね」と言うと、「爪の形から考えて、たぶんずっとケージの中で飼われていたのだと思います。ブリーダーさんが遺棄したのでしょう」と獣医さん。やっぱりそうか。待合室の中を見渡せば純血種の犬猫ばかり。かつていたような、どうしたらこんな模様になっちゃうの?という、愛嬌のある子など見事に一匹もいない。この子たちの親も、同じような運命を辿っているのかと思うと忸怩たる思い。
里親割引をいろいろと配慮してくださった支払いを済ませ、一路「仮」の我が家へ。缶詰をしこたま食べ、ケージの中の猫ベットでゆったり。時々外に出して遊ばせてあげているのだけれど、その仕草も表情も、その、あは~っ、実にかわいいい!一週間後に抜糸した後、マリちゃんを心待ちにしてくださっている新しい里親さんの元に行くその日まで、おりこうさんにしていましょうね。
そう、おかげさまで、とても心優しい里親さんとめぐり合うことができました。お問い合わせをくださった心優しい皆様、そして、有難いご助言、お申し出をくださった皆様、ありがとうございました。まだまだ、新しい飼い主を待っている子たちがたくさんいます。お心に残る子がいれば、どうぞ愛の手を差し伸べてあげてください。小さな命を、どうぞ救ってあげてください。
で、うちの子たち?…見知らぬ猫さんがいるということは知っているのだけれど、たいした興味も示さず、いつもながらに酔狂な飼い主、無視、ムシってとこ。
***********************************
下の写真は、きなこママさんが里親さんを募集されている「海平ちゃん」です。片目を摘出していますが、2つの目で見る世界も、1つの目で見る世界も、なにひとつ変わるわけではありませんものね。詳細は、きなこママさんのブログをご覧ください。茶猫さんは総じてとっても猫柄が良く、甘えん坊さん。海平ちゃんも、きっとそんなお猫ちゃんだと思います。がんばれ海平ちゃん!待てば海平の・・・じゃなくて、海路の日和あり!!ってネ。
*************************************
フレーフレーっ、あさりちゃん!
2010年06月30日(水)
寿々を糖尿病で失ってからしばらくの間、ペットロスの心を抱えながらの辛い日々が続いた。なぜ寿々を死なせてしまったのだろうと、何回も何回も何回も自問自答するのだけれど、答えなんてあるはずがない。だって…運命、宿命、寿命なんだもの。そうは思いつつ、同じ病気を抱えながら長生きしている猫さんのことが書かれているブログを訪れては、やっぱり私のせいだったのかしらと、落ち込んでみたり責めてみたり。
糖尿病を患いつつ、もうすぐ23歳になるという「超」ご長寿猫のポテトちゃんと出会ったのも、そんな時だった。大切に大切にされているからこその長生きなのだろうけれど、ポテトちゃんの日常は泰然自若そのもの、どうやら物事に動じないタイプらしい。確かにこういうタイプって、人間でも長生きする。そのポテトちゃんの飼い主さんがなかちゃんさんで、なかちゃんさんのブログ『気ままに・・・にゃん!我が家のにゃんず』に最近登場したのが、後ろ足を失った子猫の「あさりちゃん」。
側溝で2,3日泣いていたところをどなたかが保護し、動物病院に一週間の約束で預かってもらったらしい。一週間を経過しても里親が見つからない場合には愛護センターに送り込むという獣医師。ところが保護主は約束の日になっても現れない。前足2本で必死に生きる子猫、生きたいと訴える瞳。やむにやまれない気持ちになられたのだろう、なかちゃんさん、保護された猫、病気の猫、高齢の猫を抱えられているにもかかわらず、命の期限というその日に子猫を自宅に引き取られた。
へその緒をつけたまま、靴下の中に入れられて捨てられていたというごまちゃんと、不自由な足もなんのその、楽しそうに遊ぶあさりちゃんの姿を見ていると、ごまちゃんを捨てた人間、あさりちゃんを捨てた人間の非道さを責めずにはいられない。どんなにちっぽけな命であっても、その重みは人間の命の重みと同じはず。命あるものをかくも簡単に捨てられるなんて、人間の皮を被った…う~ん…う~ん、なんだろう、人間より酷い存在が思い浮かばない。
ところであさりちゃんの後ろ足、動き回ると切断部分が充血してしまうのだそうだ。なにか良い手立てはないものかしら。こんな名案があるとか、飼われている猫ちゃんで体験されているという方がいらしたら、なかちゃんさんのブログにぜひコメントをさしあげてください。がんばれ!あさりちゃん!
写真(上):美少年のあさりちゃん。ごまちゃんと遊ぶのが楽しくて仕方がないようです。ごまちゃんは福太郎によく似ていて、ごまちゃんを見るたびに福太郎を思い出します。
写真(下):あさりちゃんの後ろ足。なにか良い方法はありませんか?
(※写真はすべて、なかちゃんさんのブログから拝借しました。)
レモンちゃんの里親さん、探しています
2010年08月20日(金)
ブログ猫友(了解なく勝手にお友だちだなんてね…ごめんなさい)のなかちゃんさんが保護されている猫ちゃんが、里親さんとの出会いを待っていますので、微力ながらお手伝いをさせて頂こうと思います。
と言っても、なかちゃんさんの、『気ままに・・・にゃん!我が家のにゃんず』というブログは、いつもブログランキング上位をキープという人気ブログですから、拙ブログがなにをいまさらというところではありますが、縁なんて、どこにあるかわかりませんものね。
この広い地球上で、数知れないたくさんの猫のうちのたった一匹の猫が、たった一人の人間と出会って家族になる。「縁」ってほんとうに不思議です。縁というのは、「奇跡」という言葉と同義なのかもわかりません。その奇跡のお手伝いができるといいなあと思っています。
写真のかわいい茶キジ猫さんが、なかちゃんさんが保護されているレモンちゃんです。茶猫さんって、性格温厚な上にお利口さんでとても飼いやすいんですよ。絶対にお勧めです。ぜひぜひ、どなたか里親さんになってさしあげてくださいませな。右下の写真でもわかると思いますが、多頭飼もOKです。いい子でしょ。うん?うちのタゴちゃんに似てるっ!
↓は、なかちゃんさんから頂いたコメントです(8月21日)。
----------------------------------------------------------
紹介、ありがとうございます。
猫風邪もよくなり、食欲旺盛で体も大きくなっています。
人慣れ抜群で、自分から膝に乗って来て喉をゴロゴロ・・・可愛いです。
我が家で飼ってあげたい位ですが
流石に15にゃんいるので、もう無理かと・・・
また何時子猫を保護するか分からないですしね。
素敵な里親様をお持ちしています。
----------------------------------------------------------
というわけで、かわいいかわいいレモンちゃんが
ステキな里親さんとの出会いを待っています。
どなたか、ぜひぜひ手を上げてくださいな~~っ!!
お問い合わせと詳細は『気ままに・・・にゃん!我が家のにゃんず』をご覧くださいね。
中之島公園の猫たち
2010年11月24日(水)
首長にどのような人物が立つかで、ここまで行政の動物愛護に対する姿勢が変わってしまうのかと思わせる、大阪府大阪市北区にある中之島公園の話。首長は、カメレオン知事・橋下大阪府知事との対立で名を馳せる平松大阪市長。11月11日の記者会見で平松市長、中之島公園東部における野良猫策について、以下のような発言をされたのだそうだ。
コトの起こりは2007年11月1日。再整備工事のために閉鎖されてしまった中之島公園の中に、何十匹もの公園猫が残されてしまった。その猫たちの命をどうにかして救い出したいとボランティアたちが行動を起こし、「中之島公園猫対策協議会」を設置。『猫の部屋』という保護施設を作って猫たちを収容し、里親探しをスタートさせた。「猫の部屋」は当初、工事終了までの期限付きだったが、ボランティアの熱意に行政が負けた形で、猫たちの譲渡がすべて終わるまで存続できることになったという。
2008年、荒川区で罰則付きの「えさやり禁止条例」なるものが成立した時には、憤懣やる方ない思いがしたが、その後、こうした条例が施行されそうになるたびに、行政とボランティアの間で話し合いを重ねる地域が増え、2010年には中野区で「えさやり禁止条例」が否決されるなど、ルールにのっとった上でのえさやり実施、その上で不幸な猫たちを減らしてゆこうとする動きが地域の中に根付きはじめている。
どれもこれも、ボランティアの方たちの献身的な活動の成果ではあるけれど、そうした活動に理解を示し、協働・協力しようとする行政も、動物愛護に対して少しずつ前進し始めているように思う・・・そう思いたい。
☆☆☆★☆ここから記者会見の内容☆☆★☆☆
平松市長の記者会見の内容(2010年11月11日)
「中之島公園等における野良ねこ対策についてです。三年前、中之島公園の工事にとりかかった時中之島公園の中には、10頭の犬と80匹の野良ねこがいました。そこで公園事務所と動物愛護団体、市民ボランティアが話し合った結果市民ボランティアの皆さんが犬や猫を保護して譲渡先を見つける愛護団体と大阪市獣医師会が犬や猫の避妊去勢手術を行う公園事務所が保護、譲渡のための場所を提供するなどの協力を行うことになりました。しかし、まだ公園内には譲渡先の見つからない猫が21匹いまして現在も保護されています。
当初は保護施設の設置を工事が終わるまでの期間としていましたけども非常に献身的な野良ねこの譲渡活動、これが市民ボランティアの皆さんの手によって続けられておりました。残る21匹の譲渡が終わるまで保護施設を存続させることにいたします。中之島バラ園には、今は1匹も野良ねこはいません。良好な環境が保たれてると思います。今後も中之島公園東部地区一帯の野良ねこ対策を市民ボランティアの皆さんと協力して行ってまいります。
一方、野良ねこ対策といいますと中之島公園に限ったことではありません。対策としまして「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」というのを今年度中に立ち上げることにしました。大阪市が管理する都市公園中に適応しようということです。この制度は、市民の方に避妊去勢手術、餌やフンの始末周辺の清掃などを行う「市民サポーター」になっていただこうというものです。時間をかけて、野良ねこの数を減らしていこうというわけでして動物愛護と都市環境の維持を両立させていこうとしております。それぞれの公園事務所と市民が協働して野良ねこ対策を進めていきたいと考えておりますので是非、多くの市民の皆さまにご理解をお願いしたいと思います。
(中略)中之島に関しては、これは従来にない市役所の動きがあったからこういう形で、市民の方たちのご協力あるいは、市民の方たちの積極的な動きがあったからというそれぞれの相乗効果がもたらしたひとつのシンボル的な事案であると思っています。」
☆★☆☆☆引用ここまで☆☆★☆☆
--------------------------------------
写真:小牧もノラちゃんの子で、保護当時は里親さんを探すつもりだった。ところがまったく触れない子のため里親さん探しを断念、我が家の子に。保護にはそれなりの覚悟が必要みたい。
--------------------------------------
巻き爪
2011年01月25日(火)
二階から降りてくると床一面に血がポタポタ。なにこの血、いったい誰の血だろう?一瞬、飼い主の血の気が引いたが、でも不思議なもので、血というのは悪い顔をしているものと、それほど悪くない顔をしているものがあって、この血はどちらかというと善人面をしている。傷口から吹き出したような血だから、ケンカかな?
出会いがしらに頭を殴るような喧嘩をする組み合わせといえば、桃之輔と奈々か、桃之輔と明美、小牧と奈々か、にゃ三郎と里音。それでもせいぜい「ポコっ」と乾いた音がするぐらいで、出血するほどの喧嘩なんてみたことがない。
多頭飼いというのは困りもので、2匹3匹ならともかく、10匹となると病変になかなか気がつかない。というわけで全員の身体検査を開始。あれだけの出血だから相当の手負いのはずだけれど、誰もみんな何食わぬ顔をしている。猫って、ケガに強いからなあ。でも、里音が後ろ足をかすかに引きずっているように見える。抵抗する里音を抱いて後ろ足をみてみると、爪がはがれて穴が開き、出血している。
この子、保護した時にすごい巻き爪だった。ずっとケージの中で過ごしてきたせいだろうと獣医さんに言われたけれど、我が家に来てからも爪を研いでいるのをみたことがない。そういえば、和歌山公園動物園のベニーちゃんというツキノワグマも高齢で歩きまわれなくなり、手足の爪が伸びすぎて巻き爪状態になっているといういうニュースを見たばかり。クマの場合、爪を切るためには麻酔銃を使って眠らせなければならないのだが、ベニーちゃんは16歳、麻酔のリスクを避けるために爪は切らない方針なのだそうだ。
猫にはさすがに麻酔銃なんていう心配はないけれど、このまま放置してしておけば、いずれ麻酔をかけて手術するなんていうことにもなりかねない。早速病院に連れてゆき、タオルでぐるぐる巻きにした状態で爪を切ってもらった。どうやら里音は巻き爪体質、家では切ってあげられないので(絶対に切らせてくれない)、これからも時々病院に連れていかなければならない。
真美はペチャンコの鼻のせいで一年中フガフガズビズビ、おまけに口の形状に問題があるのか食べ物がうまく口に入らず、全部口の横からこぼしてしまうため食事を自力で摂ることができない。里音は、病院での検査では原因不明だったけれど、保護した当時からパッコンパッコンという呼吸をしていておまけに巻き爪。
この2匹、片やペルシャ猫、片やスコティッシュフォールドの純血種だろうと獣医さんから言われているけれど、血統を守るために無理な交配が続いてきたせいなのか、体のあちこちに不備があって、雑種の子たちと比べると格段に手がかかる。でもさ、それって、君たちのせいじゃないもんねえ・・・。
------------------------------------------------
写真:里音は今年何歳になるのかしら?巻き爪の具合から、「7歳ぐらいじゃないか」って、保護した時に獣医さんから言われたけれど・・・。
------------------------------------------------
食べられない猫
2011年02月01日(火)
ペルシャ猫(たぶん)の真美は自分で食事を摂ることができない。なぜなのかは獣医さんもわからないと言うのだけれど、たぶん精密検査でもすれば、口蓋になにかしらの障害を持っていることがわかるんじゃないかと思う。生後3~4ヶ月ぐらいだったか、小さなビニール袋に小分けにしたドライフードと一緒に捨てられていたのを親戚が拾い、すぐに我が家の養女として迎え入れたが、まさかそんな障害を抱えているなんて、夢にも思っていなかった。
誰がどんな理由で捨てたのかは推測の域を出ないけれど、「犯人」はブリーダーか、捨てられていたすぐ近くにあるペットショップ。離乳はしたものの固いものが食べられないことがわかって捨ててしまったとか、いったん売れたものの「返品」されたとか。性格も見た目もものすごくかわいかったから(今はタヌキみたい)、「処分」するのはしのびなかったのだろう。
「食べられない猫」がいるなんて想像もしていなかったから、ドライフードを食べないのはカリカリが嫌いだから、そう思って缶詰をあげてみるとそれも食べない。それじゃあと、鶏の胸肉を煮て小さくちぎってあげるとやっと口にする。ところが一生懸命食べようとするものの、口の横からポロポロとこぼれ落ちてしまいほとんど口に入らない。
なんだか様子が変だということになって、すぐに動物病院に連れていくと「栄養失調」という診断が下された。栄養失調って・・・いままできちんと食べていなかったということ?この子、食事ができないんですか?なぜ?と聞くと獣医さん、「さあ?」と言って首をかしげる。
それからというもの、朝は缶詰一缶を口の横から押し込んで強制給餌。夜は鶏を煮てこれも強制給餌。二食とも強制給餌はかわいそうに思い、なにかいい方法はないかと試行錯誤していくうちに、鶏肉だけは柔かめに煮て平らに潰し、一切れずつ口先まで持っていってあげればなんとか自力で食べられるようになった。ただし一度に食べることができないので、数口食べては休み、また食べては休むの繰り返し。一時間ぐらいかけて完食する。
鶏肉だけでは栄養が偏るから、朝はやっぱり缶詰を強制給餌。1日も欠けることなくその繰り返しを続けて今年で6年になる。夫は強制給餌も鶏肉をあげることもできないから、私はその間いっさいの外泊はせず、旅行といえば日帰りのドライブを年に何回か楽しむぐらい。それでも十分にフラストレーションを発散することはできるのだけれど、ただひとつ、「フランスに長期間滞在したい」という夢だけは実現ならず。
「フランスに行きたい」と夫に訴えても「真美ちゃんどうする?」と言われたら返す言葉がない。やり方覚えてよと言っても、気管支に詰まらせたら怖いから嫌だと言うし。その上、「年を取ってから行ったほうが、フランスのワルイ男性にひっかからなくて済むんじゃない?」とまで言う。今行ったってひっかからないわよ・・・じゃない、誰も声かけてこないわよ。
ふ~、わが子だと思えばやむなしか。あっ、いいのよ、真美ちゃんのためならエンヤコラ、どうか遠慮しないで長生きしてちょうだいナ。食べられない猫が我が家に来る・・・きっとそれって、なにか意味のあることに違いないと思うし。
(「強制給仕」を「強制給餌」に訂正しました(2月2日)。真美姫さまにお給仕させて頂いている婆やのような気分だから、まんざら間違いでもなさそう・・・^^;)
---------------------------------------
写真:真美餡子のお鏡餅乗せ
----------------------------------------
長寿猫さん
2011年02月13日(日)
昨日、どうしても読みたい本があって、ミゾレ降る寒い中、本屋さんへと車を走らせた。数年前まで我が家の近くには、埃がうっすら積もった雑誌と、ちょっと黄ばんでしまったような文庫本、その横に文房具が並んでいるような小さな本屋さんしかなかった。それはそれで、鄙びた田舎の本屋さんという風情があって居心地が良かったのだけれど、いかんせん欲しい本が手に入らない。だからクロネコとかアマゾンを頻繁に利用していた。
ところが文章には相性というのがあって、相性の悪い文章だと、ベストセラーだのミリオンセラーだのという本であっても気持ちが受け付けず、最後まで読みきることができない。「百聞は一見にしかず」というのはちょっと違うけれど、この目で選ばないと本は失敗することが多い。だから一ヶ月に何回か、「都会の」大手の書店に本の買出しに出かけなければならなかった。
最近になってようやく、たくさんのテナントを抱える大手スーパーがいくつも当地に進出してきたこともあって、複数の大手の書店を利用できるようになった。常日頃、大規模開発は環境破壊だのなんだのと批判しているのに、こういうときだけはちゃっかりその恩恵に与かるのだから、虫のいいことったら。
で、本題はこのことじゃなくて本のこと。欲しい本のついでに買ってきたのが『猫びより』。普段、あまり猫本は買わないのだけれど(ひとつふたつ、必ず悲しい話が載っているから)、「あっぱれ元気なご長寿猫」という特集についつい惹かれてしまった。
掲載されていた一番の長寿猫さんは、愛知県美津町の模型屋さんが飼われているシェールちゃん。「シェール|猫|28歳」で検索すると、シェールちゃんの動画が見られるけれど、28歳とはとても思えない元気猫さん。その他にも27歳、26歳、24歳、22歳・・・と、ご長寿猫さんのオンパレード。
長寿猫さんを見ると羨ましくて仕方がない。我が家では常日頃から、「最低18歳までは生きるのが君たちのノルマだからね」と猫たちに言い聞かせている。それなのに福太郎は11歳になるほんの少し前に、寿々も15歳と数ヶ月で旅立ってしまった。
コーネル大学「フィーラインヘルスセンター」による年齢換算によると、寿々の15歳というのは人間に換算すると73歳になるそうで、まあそれなりに生きてくれたことになる。でも福ちゃんは享年57歳、旅支度をするのさえまだまだ早い年齢だった。死んだ子の年を数えても仕方がないと言うけれど、生きていれば今年14歳。それを思うと残念でならない。
記事の中でちょっと興味を惹かれたのが表彰状のお話。『日本動物愛護協会』に申請すると、17歳以上の猫ちゃんには長寿表彰状が贈られるのだそうだ。玄関を入るとその壁に、健康優良児に選ばれただの、絵画コンクールに入賞しただのという子供の表彰状を額に入れ、後生大事に掛けている家があるけれど、我が家も目指せ10枚の表彰状!キンキラキンの額縁に入れて壁一面に並べたいなあと、そんなことを思ったりして。
-----------------------------------------------------------
写真:昨年、奥歯の抜歯手術をした桃之輔。麻酔がうまく醒めなくてずいぶん心配したけれど、今はもうすっかり元気になってご機嫌さん。
-----------------------------------------------------------
動物病院はどこがいい?
2011年03月03日(木)
先日のこと。猫トイレの掃除していると奈々がきて、猫砂を取り替えたトイレに次から次に入ってはチッチの体勢を整えるのに、なにもせずに飛び出してしまう。普段から気難しくて、トイレを順番に、そして丹念に「調査」してから気に入ったところでするという子だから、最初はさして気にもしていなかったのだけれど、かれこれ10回ぐらいトイレを出入りする様子は尋常じゃない。大変、尿が出ないのかしら?すぐに病院に連れて行かなくちゃ・・・。
そこでハタと悩んだのが動物病院のことだった。どこの動物病院に連れて行こう。ここ10年近く通っていた動物病院はハデに大きくなり、大先生一人ではとても手がまわらなくなってしまったのだろう、学生プラスアルファの若い獣医師さんたちが数人雇われるようになり、誰に当たるかは、その日の運のようなものになってしまった。
それが嫌で、寿々は近くに新しくできた病院で糖尿病の治療をしていたが、こちらも若い獣医師夫妻で事情は同じようなもの。今思うと臨床の少なさが致命的。寿々の容態をきちんと把握してくれなかったという恨みつらみもあって、二度と行く気にはなれない。
余命いくばくもない寿々を転院させた動物病院の先生は、命を救うという使命に燃えた職業意識の高い方ではあったけれど、寿々亡き後、他の子たちを連れて行くたびに、キッタハッタの手術の話になる。人間の外科医はすぐに切りたがるというけれど、獣医さんにも専門があるだろうから、たぶん外科がお得意分野なんじゃないかしら。
どこも帯に短し襷に長しで、これといった決め手がない。迷いに迷い、夫と話し合った末、原点に戻ろうヨということになった。過剰医療をしない、臨床経験がある、丁寧な説明をしてくれる・・・この3つの条件が満たされていればよしとしよう。となると、15年前、今の住居に越してきた時に通っていたW動物病院が一番の候補ということになる。
獣医さんは物静かでおっとりしたタイプで、「私にお任せ」といった雰囲気が微塵もなく、だからちょっと頼りなげに見えるけれど、初代の猫2匹がお世話になり、それなりに満足のいく治療をして頂いていた。その後、近くに病院ができたので行かなくなってしまったけれど、あのおっとりした先生の、あののんびりとした治療で猫は十分かもね。
口八丁手八丁のやり手のお医者さんはもうイイや、検査、検査で苦しめるのはやめよう、入院だ、手術だ、点滴だ、ホレ療養食だと騒ぐのももうヤメ!・・・それが飼い主としてベストの選択かどうかはわからないし、後々、もっとやってあげればよかったと後悔するかもわからないけれど、でも、これまでの猫たちの闘病生活を振り返ると、もっと静かに穏やかに、安心できる我が家でゆっくりのんびり生活させてあげたかったという思いで胸がいっぱいになる。家でできる範囲の治療はしてあげるにしても、あとは「好きよ、かわいいわね、いい子だわね」と言いながら、ぎゅっと抱きしめてあげていたい。それでいいんじゃないかと。
W動物病院に連れていかれた奈々ちゃん、おしっこは溜まっていなくてたぶん尿路感染症。残尿感があってトイレをはしごしていたのだろうということになり、抗生物質2週間の投与でおしまい。後日、尿を持参して検査したが結石の心配もなく、まずは一安心。
----------------------------------------------
写真:6年間、外猫生活をしていた奈々。その間も病気ひとつしなかった丈夫な子。
----------------------------------------------
もうすぐ一年かあ
2011年03月07日(月)
寿々が旅立ってからもうすぐ一年になる。我が家ではこれまで、亡くなった子達のお骨はペット霊園に預け、5年経ったら土に還すという方法を取ってきた。5年というのには理由があって、やっと気持ちの整理ができるだけの年月。生きとし生けるもの、土に還るのが一番自然だし、骨はきっとモヌケの殻。魂は私たちの傍にいてくれるに違いない、そう思えるようになるまでに5年かかる。
寿々と福太郎のお骨を預けている○○動物霊園は、一年ごとに更新をしなければならない。契約更新のお知らせが来ていたけれど、あそこの霊園のおばさん、ちょっとというか、かなり飛んでいてついていけないから、別の霊園に変えようということになり、先週の土曜日、夫と骨壷を引き取りに出かけた。その帰りに、すでに調べてある別の霊園に立ち寄り、新規の申し込みをして預けなおす心積もりだった。
○○動物霊園は、東京電力の電柱が敷地に24本もある(って、今年もおばさんは言っていた)というほど広大な私有地で、その一部が霊園になっている。門を入ると、ピレネー犬のミルクちゃんがお出迎えしてくれたけれど、肝心のおばさんの姿はどこにも見えない。とりあえず寿々ちゃんたちの骨壷を先に引き揚げておこうと、お祀りしてある部屋に入ると・・・そこは以前にも増して賑やかにお花が飾られ、骨壷の前には、きちんと取り替えてくれているらしい、きれいなお水がお供えしてあった。
これまでいくつかの動物霊園を見てきたけれど、満足のいくところはどこもなかった。お寺さんが経営している霊園は、門に「5時以降は猛犬を放します」と書いた看板が掲げてあって(飼っていたのはちっちゃなポメラニアン)、冷たい感じのするお坊さんそっくりのひんやりとした場所だったし、真っ黒なジャイアント・シュナウザー2匹が門番をしている別の霊園は、きれいだったけれどいかにも無機質で、顔の表情ひとつかえずに応対するお姉さんが、無表情な犬とあいまってなにやら不気味だった。
それに比べたらここはずっと暖かい雰囲気がする。どうやらおばさんが毎日お参りしてくれているらしいし、更新しましょうかと、一転、おばさんを探し出して契約の更新をお願いすることにした。ハーイと手を振りながら笑顔で登場したおばさんは去年のまま。たぶん70歳は超えていると思うのだけれど、あいかわらずピンクの洋服を身にまとい、髪には色とりどりの花が飾られていて、やっぱりどこかすっ飛んだ雰囲気。
更新が終わるとおばさん、「千日紅って花、知ってる?」と聞いてくる。ああ、あの赤くてぽんぽんみたいなお花でしょ?「あんたんち、庭ある?」狭いけど、一応。「ならさ、種持っていきなよ、たっくさんあるからさ」とおばさん。後をついていくと、物置にいくつものバケツが置いてあって、そのどれもに千日紅の種がいっぱい入っていた。「好きなだけ持っていっていいよ」とビニール袋を3枚もくれる。
その物置、去年寿々ちゃんを焼いてもらった建物のすぐ後ろにある。得たいの知れない箱が隅っこに積んであって、なんだかちょっと、背中がゾクゾクするような感じがしたけれど、おばさんはいたって陽気。遠慮がちに袋に入れていると、「遠慮しないで持っていきなよ」と、ごっそり袋に入れてくれる。ついでに鶏頭とコスモスと、とうがらしの種まで。
「これからの季節はね、庭中を花で埋め尽くすのが楽しみでさ」とおばさん。庭って言ったって、どこまでが庭かわからないほどの広さ。花が咲き乱れたらさながら天国。「あんたのうちの庭も、花でい~っぱいにしてあげなよね」と言うけれど、うちの庭は戴いた千日紅の種の半分を蒔いただけでも、外猫の居場所がなくなっちゃう。
このおばさんの例えがたい摩訶不思議な感覚には、去年にも増して圧倒されてしまったけれど、動物が好きで植物が好き、そんなおばさんの心はたぶん人一倍優しいのだと思う。また一年、寿々と福太郎をよろしくお願いします。
--------------------------------------------
写真:寿々と福太郎のことはまだまだ諦めらきれないでいる。
--------------------------------------------
家猫大作戦
2011年06月20日(月)
びっくりするほど大きな地震はなくなったけれど、震度1以上の地震がいまも毎日20回以上カウントされていて油断がならない。ここ数日、地震の数が一桁にはならないまでも減ってきていたので、ようやくこれで終息してくれるかもなんて思っていたのに、どっこい、本日午後1時現在すでに25件。またしても回数が増えている。
福島も相変わらずだが、特に千葉県東方沖が震源という地震が増えていて気が気じゃない。あまり大きな震度ではないから動いていると気がつかないのだけれど、椅子に座っているとズドンと下から突き上げるような揺れを感じたり、家がミシッと鳴ったり。東京湾直下型が来るなんていう話もあってちょっと怖い。
怖いといえば放射能も。放射能については政府が真実をまったく伝えないから、どんな危険に曝されているのか皆目検討がつかず、もしかすると即刻避難したほうが良いのかもしれないし、もう日本のどこに行っても無駄というレヴェルになっているのかもしれないしで、いったいどうすればいいのだろう。福島原発4号機の建屋は日に日に傾いているという噂も耳にするが、この4号機には危険な使用済み燃料がかなりあって、さらなる地震で建屋が倒壊なんてことになったら、日本脱出だけが生き残る道になってしまう可能性もあるのだとか。
夫としょっちゅう「関西に避難しようか、九州に避難しようか。外猫、どうやって連れて行こうか」と話すのだけれど結論はいつも同じで、日本の至る所原発と断層だらけ。避難した場所でまたしても「ババ」を引く可能性も十分にあるから、当分様子を見ているしかないでしょうということになる。海外は猫がいてとても無理だし。
でも放射能の数値は今でも決して低くはないのだから、いざという時のための心積もりだけはしておかなくちゃ。政府が「リスク分散のために首都機能を移転させる」だの、「遷都する」なんて言い始めたら、速攻脱出かな。火事場の馬鹿力が自慢の私、動けばきっとなんとかなる・・・よね?
で、悩みは外猫の被爆のことで、クウちゃんは今年13歳なのであまり心配はないように思うし(外猫の被爆とガンの発生率なんて、研究されているのだろうか?)、そもそもこれだけ長いつきあいなのに、いまだに2メートル以内には近づけないというほどの警戒心の持ち主だから、保護して家の中に入れることが得策とは思えない。松吉も同様。だからこの2匹に関しては目いっぱいかわいがってあげることで勘弁してもらうしかない。もちろん脱出する時には四の五の言わずに保護するけれど。
問題はタゴちゃん。今年4歳という若さだし、夫の姿を見ると逃げてしまうが私なら抱かせてくれるまでになっている。ご近所さんにも可愛がられているみたいだから、外猫生活が不幸とは言いきれないのだけれど、先のことを考えると今保護しておいたほうが安心できる。というわけで、(6月は私が家にあまりいないので)7月のアタマに「タゴの家猫作戦」を開始することにした。保護して病院に連れていって健康診断をしてケージ飼いから始めて・・・4歳のオス猫、ウチの子たちとうまくやっていけるかしら?
(;`Д´)≡⊃・・・・原発のバカ~~~ッ!政府のバカ~~~ッ!!
-----------------------------------------------------
写真:タゴちゃん、家猫になろうね。外の猫たちと喧嘩している姿を一度も見たことがないんだもの、みんなときっと仲良くなれるよね。
------------------------------------------------------
タゴちゃん、家猫になる
2011年07月15日(金)
タゴちゃんをやっと保護した。すでに10匹の先住猫がいることもあって、1匹増えることには少なからず抵抗があったし、オス猫だから他の猫との折り合いがつかなかったらどうしようという思いもあって、これまでなかなか決心がつかないでいた。私の用事が重なっていたこともあるので仕方がないけれど、震災から4ヶ月も経過してしまった。
絶対に入れようと決心したのは、私の住む市が公表した7月の放射線量の数値を見てのこと。我が家から1キロほど離れた公園で0.30マイクロシーベルトという数値が出て、これ、巷間騒がれているホットスポットに近い値になる。おまけに先月よりも数値が上がっていて、ということは、想定していたことではあるけれど、今なお福島から放射能が飛散し続けているわけで、今後数値が下がることはまずありえない。放射能を浴びるダメージは、人間の場合若年層のほうがずっとが大きくなるが、犬や猫も4歳ぐらいまでが危険だということを、ある獣医さんが書かれている。タゴは4歳、このまま外に出しておいていいはずがない。
月曜日の夕方、いつもごはんをあげる時間に庭に出ると、お向かいの家の庭から悠然とタゴが姿を現わした。暑い日はお向かいの庭の涼しい木陰で寝転がっている。事前に出しておいたケージの中にポイと放り込み、その足で動物病院に直行して血液検査と検便、ノミ取りをお願いした。
診察台の上に乗せられても暴れるでもなく、お尻に体温計を突っ込まれても平気、駆虫剤を口に入れられても素直にゴックン。獣医さん「本当に4年もノラちゃんしてたんですか?いい子ですねえ、ノミもいないみたいだし、便には猫鉤虫が見られますがすごく少ない」と。血液検査の結果もまったく問題なく、めでたく飼い猫に昇格と相成った。
家に連れ帰り、放射能が心配なので、濡れたタオルで全身隅から隅まで何回も何回もふき取った後(本当はシャワーで洗いたかったのだけれど・・・)、ノミと鉤虫が他の子に移らないようにケージに入れ、ひとまず一室にお閉じ込め。実はここからが大変で、一晩、二晩、三晩鳴き続けて、まあそのうるさいことといったらない。ご近所に聞こえないように窓という窓を締め切り、耳栓をして寝たものの安眠にはほど遠く、すっかり寝不足で、日中頭がボーッとしたまま。ただでさえ夏バテしそうなのに。
人も猫も大変だった3日間を乗り越え、ようやく昨日から自由の身となった。みんなの反応はといえば「無関心」。多頭飼いのせいなのか、新しい猫には特別の興味もないらしく、ふんふんと一応鼻を突き合わせてはみたけれどそれきり。猫たちの生活ぶりは昨日までとなんにも変わらない。タゴはまだ落ち着かず、ニャ~ゴ、ニャゴ~ンと叫びながら部屋をうろつきまわっているが、根っからの平和主義者のようで誰と喧嘩するでもなく、まっ、このまま後は時間をかけて慣れてもらうだけ。
かわいがってくれていたお向かいの奥様に「トラちゃん(この家ではそう呼ばれている)、家の中に入れたから心配しないでね」と電話をすると、「主人も可愛がっていたから寂しがるわ。でも家の中で飼ったほうが安心だものね、よかった、ありがとう」と。気がかりなのは、もう一軒タゴをかわいがってくれていた家があっただろうこと。時々、きれいに拭いてもらったような形跡があったし・・・心配していやしないかしら。
---------------------------------------------
写真:すっかりリラックスしているタゴ。こうやって家の中に入れてみると、ノラちゃんの顔丸出しだわねえ^^;
---------------------------------------------
家猫への道のり
2011年09月09日(金)
タゴを家の中に入れてから二ヶ月が経過した。一ヶ月以上、毎日毎晩「ウワオ~、ウオ~ン」と泣き続け、夜中も明け方もおかまいなしだったから、窓を閉めていてもきっと外に聞こえているに違いないとハラハラ。ご近所さんに会うごとに「猫が泣きつづけていてごめんなさい」と謝ると、裏の家にいちばん聞こえていたようで、「病気の子でもいるんじゃないかと思って心配していたのよ」と。まあねえ、心を病んでいたといえばそのとおりなんだけど。たぶん、他の家の方たちも耳にしていたと思う。ごめんなさい。
家の中に入れなかったほうが、タゴにとっては幸せだったのかもしれないとずいぶん思い悩み、いっそのこと、もう一度外に出そうかとも思ったが、外の生活は危険だし放射能の数値だって全然下がっていない。外に出したら、きっと後々後悔することになると思ってぐっと我慢。
ようやく一ヶ月を過ぎたあたりから家の中の生活に慣れ始め、ふと気がつくとソファの上で寝ていたり、ベットの上で寝ていたりするようになった。最近では長細かった顔がふっくらしてきて、抱くとズッシリ重い。泣き喚いてはいたけれど、それでも、外よりは家の中のほうがストレスが少なかったといういうことなのかもしれない。
気がかりなのは、なんとなく感情が希薄で「いまどきの若者」みたいな感じがすること。明美はタゴちゃんのことが好きらしく、傍に行ってはタゴの頭を舐めてあげるのだけれど、タゴは知らん振り。そのうちしつこいと思うのだろう、明美のほっぺに噛み付いて(もちろん軽くだけれど)明美が悲鳴をあげる。4年間お外にいるとこんなふうになっちゃうのかしら。気ままな一人暮らし、淡々と過ごしていたからなのか、それとも環境ホルモンとかのせい?
奈々も6年間の外猫生活の後に家猫に昇格した猫だが、タゴ同様、最初のうちは感情に乏しく、人間の言葉にも反応を示さない子だった。顔に表情はないし、目にも感情が表れないから何を考えているのかさっぱりわからず、なんとなく扱いにくい感じがしていた。あれから4年、今では人間のお母さんなしには生きていけないというほどの甘えっ子になり、他の子達がその様子を見て「なに?あの子」という顔をする。
1年、2年、3年・・・何年かかるかわからないけれど、うんとうんと可愛がって、タゴちゃんが家猫らしくなるまで待ってあげなくちゃね。冬になれば、きっと暖かい部屋にいる幸せを噛みしめるにちがいないもの・・・。
---------------------------------------------------
写真:明美とタゴ 早く仲良しになれるといいわねえ
---------------------------------------------------
プロフィール
鈍行列車の「ちゅうちゅうとれいん」はいつも満員(ふ~っ…)!時々燃料切れを起こして更新が滞ることがありますが、どうぞ末永くおつきあいくださいネ。姉妹編の「あけみ参上つかまちゅり~」もよろしくお願い致します。
Cast

樹里絵(jyurie):1998年生まれ。マイペースで世話が焼けません。性格温厚で超パパっ子。

桃之輔(momonosuke):1999年生まれ。甘えっ子ですが、ものすごく臆病で、ほとんど一日中、布団の中に隠れています。

亜依子(aiko):2000年生まれ。自己主張が強くて偏屈ですが、そこがまた可愛いいんだなあ。超ママっ子です。

真美(mami):2005年生まれ。外見はタヌキそのもの、性格は犬そのものです。才気煥発で気性が激しい。

美意子(miiko):2005年生まれ? 歯を見ると6、7歳…本当は何歳だろう?一日中、文句たらたら言っています。

奈々(nana):2001年生まれ。ようやくノラっぽさもなくなり、明るい陽気な子になりました。
明美(akemi)にゃ三郎(nyasaburou)、小牧(komaki):2007年生まれ。仲良し3兄弟。毎日楽しそうに暮らしています。

里音(satone):2009年8月保護。どんな生い立ちでどんなニャン生を過ごしてきたのか、それは謎です。未来を生きる猫!

寿々(suzu):1994年12月~2010年3月12日。パパの仕事部屋に入れた唯一の子。人の気持ちがよくわかる、とてもとても頭の良い子でした。

福太郎(fukutarou):1997年4月~2008年3月20日。陽気で甘えっ子。抱っこされるのが大好きでした。お母さん代わりだった寿々との再会、「欣喜猫躍」していることでしょう。
月別記事
- 2011年11月(1)
- 2011年10月(2)
- 2011年09月(2)
- 2011年07月(2)
- 2011年06月(1)
- 2011年05月(1)
- 2011年04月(2)
- 2011年03月(5)
- 2011年02月(6)
- 2011年01月(7)
- 2010年12月(3)
- 2010年11月(5)
- 2010年10月(7)
- 2010年09月(5)
- 2010年08月(4)
- 2010年07月(4)
- 2010年06月(4)
- 2010年05月(6)
- 2010年04月(6)
- 2010年03月(6)
- 2010年02月(1)
- 2010年01月(4)
- 2009年12月(1)
- 2009年11月(1)
- 2009年10月(1)
- 2009年09月(4)
- 2009年08月(2)
- 2009年07月(5)
- 2009年06月(3)
- 2009年05月(3)
- 2009年04月(6)
- 2009年03月(4)
- 2008年12月(1)
- 2008年11月(3)
- 2008年10月(2)
- 2008年09月(10)
- 2008年08月(9)
- 2008年07月(4)
- 2008年06月(4)
- 2008年05月(4)
- 2008年04月(5)
- 2008年03月(4)
- 2008年02月(2)
- 2008年01月(3)
- 2007年12月(6)
- 2007年11月(7)
- 2007年10月(2)
- 2007年09月(11)
- 2007年08月(6)
- 2007年07月(14)
- 2007年06月(13)
- 2007年05月(18)
カテゴリー
検索
ブックマーク
♪猫さんブログ♪
- やまだのお部屋
- 星降るベランダ
- 白いしっぽ 2
- 猫と千夏とエトセトラ
- 月見のお宿
- チョい悪101☆ドンとこい迷い猫
- gomakina&azutama
- 時には淑女のように
- 猫ときどきお茶ですよー
- まんぼうの見上げる空
