フェロモンがいっぱい
2007年05月13日(日)
ミイちゃんという猫のことを書こうと思うのだけれど、これは前出のミイちゃんとは別で、我が家のミイちゃんのこと。最近のヒトの子供、どうやって読むのか見当もつなかいほど凝った名前が多いけれど、ミイという名前の由来は至極単純で、猫飼い定番の「三毛猫ミイちゃん」。
2年ぐらい前の夏、それまでは見たこともなかった猫が、、時々我が家の庭に来るようになった。どうみてもお腹が大きくて、だから、子供が生まれるのを面倒に思った飼い主が捨ててしまったに違いない。ところがどこにでも猫嫌いというのがいて、ここにもご多分に漏れず、糞をしたのなんのと大騒ぎをし、自治会で捕獲して「処分」しようなどと、物騒な提案をする住人がいる。このまま見過ごすこともできず、獣医さんと相談をして避妊手術をすることにした。裏のTさんが、手術代を折半しようという嬉しい提案をしてくださった。
実際は「堕胎」。お腹の中には4匹いて、あと僅かで生まれるところだったという。「かわいそうなので、土に返してあげてくれませんか」と獣医さんに言われ、包みを渡されたが、望まれなかった4つの命はずっしりと重たく、こんな選択しかできなかったことを心密かに謝るしかなかった。ところがミイときたら、子を失った母の悲しみ、母になれなかった女の悲しみなどこれっぽっちもないらしく、迎えに行ったママを見ると、傷口のあるお腹を見せて仰向けになり、喜んでみせる。
そんなお人(猫)好しのミイを、なんとしてでも幸せにしてあげなくちゃと、早速貰い手探しを始めた。大人の猫に貰い手なんてつくのだろうかと心配したが、大の猫好きというパパの友人が名乗りをあげてくれた。「ミイちゃんは運がいいわねえ」と喜んだのも束の間、いざ明日引き渡しという時になって、貰い手は友人ではなくてその母親、一人暮らしのお年寄りであることがわかった。
動物と暮らすことが、お年寄りの生活にどれほどの楽しみをもたらすか、十分にわかってはいるけれど、あと15年以上生きる可能性のあるミイを、75歳のお婆ちゃま、これから何年面倒を見ることができるだろう。ママはウン十歳にして猫に振り回され、しばしば青息吐息・・・。電話口で「足腰が弱っている」と何回も繰り返すので、「ご無理をなさらないで。他を探しましょうか?」と言うと、なぜかほっとしたように「そうして頂けますか」という返事。猫とは暮らしたいけれど、いざとなると、自分の老い先を考えて不安になり、迷いはじめていたのだろう。あえなく、ミイは貰い手を失ってしまった。
けれど、お輿入れを控えた身だからと、ブラッシングをしてピカピカに磨きあげ、真新しい赤い首輪をつけてその気になっていた子を、いまさら外に放り出すわけにもいかない。何よりも命の危険がある。裏のTさんもいろいろと貰い手を探してくれたが見つからず、結局、あれやこれや考えると、そのまま我が家で引き取るのがベストという結論になってしまった。
ところが我が家の猫の中でも、とりわけ暢気でおっとりした猫柄だったはずのフクが、一日中ミイを追いかけまわし、挙句の果てには大喧嘩になるという、困った事態が発生した。ミイは、ごはんを食べてはケージに逃げ込み、トイレに行ってはケージに逃げ込むという生活。たぶん、フクはミイのことが好き、でもミイは、亡き子達の父親だった前の夫が忘れられないという、ありがちな恋愛物語。ミイへの片思いが、威嚇と愛情を一緒くたにしたような、わけのわからない態度をフクに取らせてしまったに違いない。おかげでフクは、パパとママから「ストーカーフクちゃん」という、ありがたくない名前で呼ばれるようになってしまった。
日増しにひどくなるフクとミイの確執、その仲裁に困り果て、「仲良くなる方法」を獣医さんに相談しに行ったところ、「ちょっとこれを試してみませんか」と奥の薬の棚から持ってきたのは、猫のフェロモンからできているという「媚薬」。この薬を、仲の悪い猫同士の体にこすりつけると、同じフェロモンの臭いで仲良くなるのだという。この薬の箱の裏には、「猫に人や他の動物に対する新密度を向上させ、よい関係を作る製品です」と書かれている。
それからというもの、ミイとフクのウギャーッという声が聞こえると、この薬を持って駆けつけた。バナナのような臭いが部屋中に充満して閉口したが、それでも仲良くなれば儲けもの。ところが待てど暮らせどそんな気配はない。「気がつくと一緒に寝ていた、なんていうケースもあるんですよ」と、獣医さんは言っていたけれど、よくよく人間にあてはめて考えてみれば、科学的にその効果が立証されているにしても、嫌いな相手がフェロモンを出しまくったところで、そう簡単に好きになんてならない。
まあ人間の場合は色気より食い気。フェロモンなんぞ二の次で、まずは容姿だの年収だのと、だんご3つじゃすまないほどの条件を出して、相手を見定めるせいもあるのだろうが、それを思えば猫だって「牛柄模様の猫なんて嫌い」とかなんとか、いろいろな条件があるに違いない。フェロモンをふり撒けば、嫌いだって好きになり、愛が成就するといわんばかりの発想、それ自体がなんとなく怪しげだが、この薬の製造元がフランスと聞くと、妙に納得してしまう。それって、偏見?
写真:(上)「想うオトコ」と「想われるオンナ」・・・。(左)これがフェロモンの薬。スプレーでシュッシュッと人間の手にふりかけ、二匹の猫にこすりつける
仲良きことは美しき・・・かな?
2007年06月01日(金)
人間にも相性があるように、猫にだってもちろん相性があって、嫌いはどうやっても嫌い。誰とでも仲良くしなくちゃだめよと諭してみても、そんなもの同士が好きになる確率なんてほとんどない。フェロモン入りの媚薬で仲良くさせようとした試みが、結局は失敗に終わったのも、スキだのキライだのという感情は、そうそう簡単にコントロールできるものではないという証拠。
猫ばかりではなく、ただの人形にも好きだの嫌いだのという感情があるなんていうと、まるでオカルトの世界みたいだけれど、我が家にあるペアの二組の「人形」のこと。ひとつは友人がウィーンに行った時のおみやげ。北海道のおみやげといえば毬藻、福岡なら明太子、音楽の都ウィーンなら当然音楽にまつわるもので、男の子は内巻きカールの銀髪のかつらを被ってクラリネットを吹き、女の子はヒラヒラしたレースで飾られた、裾の広がったドレスを着てバイオリンを弾いている。
一見かわいらしい人形なのだが、これがどうも相性が悪く、いくら向き合わせて置いても、数日経つと女の子のほうが男の子から微妙に遠ざかり、そのうちにまったくそっぽを向いてしまう。この子、なんとなく意地の悪い顔をしていて、取り付く島のない感じ。それに比べて男の子のほうはあまり利発そうに見えるタイプではなく、ただ人が良さそうなトッポイ坊や。そっぽの向き方からして、どうみても女の子が男の子のことを嫌っているようにしか見えない。いくら向きを直しても同じことの繰り返し、いい加減気味が悪くなって、ついに人形供養。
もう一組は輸入雑貨のお店で買った、バリだかなんだかのありきたりの猫の置物。男猫はリコーダーらしき縦笛を吹いていて(もしかすると、クラリネット)、女猫はバイオリンを弾いている。だからその組み合わせはウィーンの人形と同じ。ただしこちらのウリは音楽ではなくて、たぶん着ている民族衣装。音楽の本場からやってきた人形は、さすがに演奏が上手そうな楽器の構え方だが、バリのほうはといえば、どちらもぎこちなく、見るからにヘタそう。
なまじ上手くないから、お互いに演奏で競いあうこともなく、仲良くしていられるのかもわからないが、この子たちは並べて置いておくと、いつのまにかぴったりと寄り添い、次第に向き合い、最後にはどうみてもKissをしているようにしか見えなくなる。女の子が積極的に迫っているふう。人形ごときにそんなことがあるはずはないと思うのだけれど、恋は不思議ね、と歌われているぐらいだもの、人であろうと人形であろうと、恋にまつわればきっと不思議なことが起きるに違いない。
そんなことを書いていたら、ミミちゃんとサビちゃんの大喧嘩が始まった。相変わらず喧嘩を売ったのはサビだけれど、きょうはミミも強気。最近では「あら、また?」とつぶやくだけで仲裁もせず、喧嘩の終わった後に飛び散った毛を集め、白毛が8割だからミミの負けね、とそれだけ。仲が良いのは確かに美しいけれど、こうして喧嘩を売りながら、一匹狼(猫)で逞しく生きていける強さというのも、これはこれでいいのかも。
写真:(上)ミミちゃんとサビちゃん。これから喧嘩が始まるところ。右端にわずかに写っているのが仲良し猫人形。(左)サビがしかけた喧嘩に、ミミちゃん猛然と反撃!
賢い子猫の育て方
2007年06月11日(月)
まだ乳離れをしていない猫を拾ったことのある人なら、子猫の育児がいかに大変かよくわかるはず。猫用の哺乳瓶でミルクをあげるが、夜中であろうと3時間おきだから、人間の子と同じ手間。ミルクはお湯に溶けにくいし、温度が気に入らなければミャア、ミャアと文句は言うしで、なにかと面倒なのだが、初めて拾ったチャコちゃんとニャアちゃんの時には、目覚ましをかけながら、必死の思いで起きてはミルクをあげていた。
ところが、数が増えるにつれて次第に手抜き。夜中に起きる回数は3回から2回に減り、そして1回、そのうち、夜中に起きなくても死んじゃうことはないみたいと、朝までミルクをあげない無責任な飼い主に成り下がった。朝起きると、子猫はケージの中からものすごい鳴き声をあげて抗議をするが、ハイハイハイと、3回返事のいい加減さ。
猫虐待、動物愛護協会に訴えちゃうから、と言わてしまいそうだが、それでも、どの猫も無事に育ったし、特に性格がひねくれてしまったという子もいない。人間の長男・長女が手をかけすぎて失敗するのに似て、こちらもあまり神経質に育てるのは良くない、と、これは言い訳。
猫という動物、生後1ヶ月ぐらいの間はウンチとおしっこを自力ですることができないから、授乳よりも大変なのが排泄の世話。猫の母さんが舐めてあげるように、温かいお湯に浸したティッシュでトントンと、肛門付近を軽く優しく叩いて刺激を与え、それでやっと。
フクちゃんを拾ったのも、離乳にはまだだいぶかかりそうな時期。だから、ミルクをあげた後に必ずティッシュでトントンしてあげていた。ところがこの子、どうも他の猫に比べて排泄量が少ない。きちんと排泄させないと、糞詰まりで死んでしまうことがあると聞いていたし、尿毒症も心配。元気なことは元気だったが、心配になり、5日目ごろだったか、ついに獣医さんに連れてゆくことにした。
獣医さん、フクのお腹や膀胱を触診し、何も溜まっていませんけどねえと首を傾げる。きちんと排泄しているんじゃないですかと。そんなはずはないと不思議に思ったが、鈍感な飼い主、やっと事態を飲み込むことができた。思い当たるのはチリリン。あの子、一日中フクを抱きしめている。チリリンが、フクちゃんのお世話をしてあげていたというわけか。
拾ってきた日、パパに見せようとフクを抱いていると、「私の子よ、飼って、飼って」と大騒ぎ、ウェンウェン(ニャーとは鳴かない)言いながらフクを欲しがったのはチリリン。顔のそばまで持ってゆくと、かわいくてたまらないらしく、目尻を下げ(ほんと)、口にくわえようとする。前年にカールちゃんを亡くしたばかり、同じ黒白猫が欲しいと思っていたから、フクの登場は殊のほか嬉しかったが、一番喜んだのはチリリンだったのかもしれない。
怠惰な飼い主はそれ以来、ミルクを飲み終えたフクをケージに入れる時、チリリンも一緒に抛りこむ。子を慈しむ母の愛、よく面倒を見てくれていた。こうしてしばらくの間、義理の母子は美しい愛情で結ばれていたが、それから10年、今ではどうということもない関係。あれほど手塩にかけていたのにと思うけれど、親と子なんて所詮こんなもの。人間も猫に倣ってこんなふう、スッパリキッパリ割り切れればいいものを。
写真:(上)子猫時代のフクちゃんと、育ての親のチリリン。(左)ジュリは出ないおっぱいをあげながら、ミミを大切に育てた。この子たちは今でも仲が良い。
プロフィール
ジュリママと猫たちを乗せて走る鈍行列車のちゅうちゅうとれいん。車窓から見える風景を、気ままに書き綴るブログです。あけみちゃんの絵日記、『あけみ参上つかまちゅりーっ!』もどうぞよろしく。どちらもボチボチの更新ですが、末永くおつきあい頂ければ嬉しく思います。

