ジュリと出会った日のこと
2007年05月05日(土)
1998年7月のとある水曜日。曜日をしっかりと覚えているのは、忘れようにも忘れられない、ゴミの収集日だったからだ。夜には滅法強いけれど、そのぶん朝が苦手なママは、8時半までに出さなければならないゴミ出しはまさに「地獄」の掟で、なかなか間に合わない。だから週に3回ある収集日のうち、2回出すのがせいぜい。その日もやっとの思いでゴミ袋を担いで集積所に向かった。
・・・まだ覚めやらぬ頭、夢でも見ているのか、寝ぼけた耳に集積箱の中から子猫が必死で泣いている声が聞こえてくる。ゴミ袋の中に子猫が捨てられている、すぐに助けてあげなくちゃと、気持ちは十分に急いているのだが、潰れかかったようなグチャグチャの、それはそれは哀れな子猫が出てきたらどうしようと思うと、とても一人で探し出す勇気がない。
なにしろこのあたり、生まれたばかりの子猫は袋に入れ、近くの沼や川に捨ててしまうという地域なのだ。野蛮だの、かわいそうだのと非難したくなる気持ちがないわけではないけれど、「目もまだ開いてねえから」と言う農家のばっさまの、格別罪の意識もなさそうな様子を見ると、それが昔からのこの地域のやり方、余所者で新参者のママがどうのこうのと言える立場にはない。
それでも最近は世代交代で住民も若返り、仲良くなった農家の娘さんは、避妊手術を勧めるママの訴えにようやく反応してくれて、獣医さんに猫を連れていってくれるまでになった。とは言え、じっさま、ばっさまは相変わらず旧来方式を貫いているから、子猫たちの運命はまだまだ予断を許さない。そんな事情があるから、袋の中を見るのが怖くて仕方がないというわけ。こんな時の強い味方、「そうだ、パパを呼んでこよう」と思い立ち、急いで家に舞い戻った。
幸い子猫はゴミ袋の中ではなく、集積箱の後ろでうろうろしながら泣いていた。生後1ケ月ぐらいだろうか、拾い上げたパパの手の中でブルブルと震え続けていたから、よほど怖い思いをしていたに違いない。我が家には先住の猫たちがいるので、そのまま動物病院に連れて行き、早々に健康診断。「健康児」の太鼓判を押してもらい、晴れて公認の飼い猫となった。
病気の心配はなくなったけれど、我が家にはもうひとつ心配の種が残されていた。当時、先住猫の中でも親分格だったクリ兄ちゃんが、子猫を受け入れてくれるだろうかということ。クリは一見コワモテの大きな黒キジトラで、日ごろから、何かに付けて不器用さが目立つタイプ。その上大層迫力があったから、子猫を一噛みで・・・などという恐ろしいことをしやしないかと、それだけが心配だった。ところが猫は猫同士、そんな人間の心配をよそに、クリは案外と子供好きな様子を見せ、無骨な手でジュリをかまう。よしよし、これで猫関係も問題なし。
一生懸命生きようとしていた小さな命と出会ったのが7月。だからジュリ(July)と名づけられた猫だったが、天から降ってきたはずもなく、拾ったばかりの頃は、バターも何もついていない「食パン」を喜んで食べる子だったから、きっと小学生の給食のおこぼれにでも与りながら、命を繋いでいたに違いない。ひとまず誰かに拾われて、ゴミの集積所まで運ばれてきたのだろうが、いったいどこで生まれたのか。今でも時々ジュリに聞きたくなることがあるのだが、そんな昔のことなど、ジュリにとってはもうどうでも良いことに違いない。ニャン生だろうが人生だろうが、今が幸せならすべてよし…なのだもの。
写真:(上)我が家に来て1ヶ月目のジュリちゃん。すっかり安心してお腹を見せている。既成の首輪は大きいので‘パンツのゴムひもに鈴’が、我が家流子猫の首輪。ちりんちりんの鳴ってくれるのでどこに居るか一目瞭然。(左)コワモテだけれど優しかったクリ兄ちゃんと一緒に。
賢いカラスはお好き?
2007年05月20日(日)
最近は、こんな田舎でもスズメよりカラスのほうがずっと多い。そういえば5、6年前、東京都は繁殖しすぎたということを理由に、カラスの捕獲大作戦に乗り出したことがあった。捕まえたカラスは「ミートパイ」にして東京名物として売り出したらどうか、なんてことを某都知事が発言していて不愉快極まりなかった。
メディアは面白半分に取り上げていたけれど、あの発言の奥底、人間に対しても同様の発想が潜んでいるということに、どうして気がつかないんだろう。この都知事、「余計者」や「邪魔者」は力ずくで排除してしまうに違いない。それを他人事だなんて思っていると、いつか我が身。カラスの真っ黒で大きな体、かわいげのない鳴き声、何でも食べてしまう雑食性。どれをとっても、人間の求めている‘かわいさ’からはかなりの隔たりがあるが、だからといって、同じ地球の上、縁あって共に命を得たものを、簡単に「駆除」という言葉で断罪してしまうのは、あまりといえばあまり。
そんなことがつい先日、とある集まりでも話題になった。集まっていた場所にたまたまゴキブリが現れ、居合わせた男性が「クワガタには高い値段をつけるのに、ゴキブリだと気持ちが悪いって叩き潰すのは、不公平だよなあ。」とポツリ。すると別の女性が「カラスを駆除するっていうのもひどい話よね。駆除ってなによ、生き物に対して使う言葉じゃないよね。ゴミを荒らすっていったって、それならゴミを荒らされないように、人間が知恵を絞ればいいだけのことじゃない」と、やけにカラスを庇う。
この人、実はチェリスト。チェロの音色は素晴らしいが、普段は指股のある、毛玉だらけの分厚いソックスをはき、藁草履をつっかけてくるという無造作ないでたちで、だからおよそセンシティブな人という印象はなかった。ところがその言葉を聞いた途端、繊細な音楽家、さすが芸術家!と、彼女に対する評価はコロリと変わる。広い世間、こうやってカラスを擁護してくれる人間もいるのか。
ママも実はカラスがあまり好きではないのだけれど、カラスたちからはきっと「擁護派」と見られているに違いない。それが証拠に、カラスはママの姿を見ると「クワーッ」と挨拶をしてくれる。これ、ほんとはハタ迷惑な話で、ご近所がたまたま動物好きな方ばかりなので助かっているが、外猫のエサを目あてにやってくるだけ。ただでさえ外猫にエサをあげるときには結構コソコソとしてしまうのに、そんな気持ちなどまったくお構いなし、「クワーッ、クワーッ」と大騒ぎをしながら飛んできて、舞い降り、猫に追われながら、同じお皿でエサをつつき始める。
嫌だわねえと言いながら、この間は、冷蔵庫に残っていた消費期限切れの玉子をわざわざ茹でて、カラスにあげてしまった。庭に置いた途端、どこから見ていたのかすぐに飛んできて、大慌てで一挙に3個の玉子を口に押し込み、ペリカンのように頬をふくらまして飛んでいく。はて…良く見ると玉子の白身だけがきれいに残っているではないか!あやつら、玉子の黄身だけを器用に取り出してくわえていったのだ。なんという賢さ、それよりもなんてわがまま。
賢いと言えば、近所のガソリンスタンドにもカラスがいて、「このあたりはカラスが多いですね」と言うと、「あのカラス、ゴルフ場までついてくるんですよ」と店主。ガソリンスタンドからゴルフ場までゆうに4キロはあるというのに、ゴルフ場に着いてみると、頭の上をカラスが飛んでいて、ゴルフ仲間から「カラスを連れてきたのか」とからかわれてマイッタ、マイッタと。もちろん、しっかり一緒に帰ってきたんだそうだ。
こんなカラスの賢さの元を探ろうと、慶応大学の研究グループがカラスの「脳地図」というのを作製したとか。カラスの脳は思考とか学習、感情をつかさどる大脳が大きく、中でも知的活動に関する部分がよく発達していて、知能はチンパンジーのような大型の類人猿にも匹敵するらしい。6羽のハシブトカラスの脳を凍結して、縦に1ミリずつ輪切りにして神経細胞の分布を調査して作ったと聞くと、科学的な成果の前に、つい、脳を刻まれたカラスがかわいそうと思ってしまうのだが、まあそれは置いとくとして。(参考資料)
人間って、自分より賢い動物が嫌いなのかもしれない。たぶん本能的に警戒してしまうのだと思う。カラスの賢さは認めるけれど、ママの場合は子猫がやられてしまった現場を見ているから、やっぱりカラスが怖い。我が家の猫たち、よくぞ捨て子猫時代にカラスの餌食にならなかったこと。特にミミちゃんは白猫だから猫一倍目立ったはず、危なかったわねえ!
写真:(上)ミミちゃん、カラスに食べられないで良かったね~。(左)カラスが庭に降りる気配を感じると、いつも急いで窓の外を見に行くサビちゃん
「遠くの親戚」にご用心!
2007年05月24日(木)
サビちゃんが来たのは7年前の6月。そのほんの少し前の5月の末に、この地域一帯に大粒の雹が降った。夕方買い物に出かけ、スーパーで会計を済ませていると、空の色が漆黒に急変、たちまちのうちに世の中が真っ暗闇になってしまった。あまりに不気味な光景、天変地異の前兆のような気がして、急いで車に引き返して帰路についたがすでに手遅れ。
ものの5分と走らないうちに、車の屋根にコンコン、ゴンゴンと次から次に小石があたるような鈍い音。強い風も吹いてきて、引きちぎられた木の葉が目の前をクルクルと舞う。あまりに急なことだったから、何がなんだかよくわからないのだけれど、小学生の頃に繰り返し読んだ、ヴェスヴィオス火山の大噴火の光景がやたらと頭にちらつく。ポンペイの町があっという間に火山灰と火砕流の中に消えてしまったというあの話。それが突然現実のことになったようで、怖くて怖くてたまらない。
車の屋根を撃つ小石はきっと火山弾、まさか生きている間にこの世の終わりが来るなんて思ってもいなかったから、よりにもよって、なんて不幸な星の下に生まれたのだろう・・・どうせ滅びるのならパパや猫達と一緒。だからどんなことがあっても家にたどり着かなくちゃと、フロントガラスにもサイドミラーにもヒビが入ってしまうほどのものすごい雹に巻き込まれながら、人っ子一人車一台通らない真っ暗な田舎道を、ただただ突っ走った。幸いこの世の終わりはまだ先のことらしく、ほどなくして暗闇はいつもの静かな夕闇に戻った。
悪夢のような日から数日たった頃、普段はほとんど(…まったく)交流のない親戚のおじさまから雹のお見舞いの電話があった。大変でしたねえ、と盛んに同情してくれるが、あまりにも唐突な電話。年賀状も交わしていないし、姉のダンナさんのお姉さんのダンナさんという人だから、ちょっと遠い親戚。それでもとにかく心配をしてくれたことに感謝しつつ話をしていたが、そのうち雹の時と一緒、あたり一面に黒雲が漂い始める。
お見舞いの電話というのも嘘ではないけれど、「子猫、いりませんか?」というのがほんとうのところで、これが黒雲の正体。この人、児童文学者で、普段から子供を集めて遊んだり、ノラ猫さんたちににごはんをあげたり、だからご近所からは「一休さん」と呼ばれているのだとか。この一休さん、子猫を拾ったはいいけれど、すでに高齢の猫がいて、それが気難しくてどの猫ともうまくやれない、だから自分の家では飼えないと訴える。ウチだって新入りとの相性が悪くて大変な思いをすることがあるけれど、そんな時はとにかく馴れるまでじっと我慢しているのに…と内心思いつつ、団地のダストボックスの中で生活しているんですよと言われて、ついグラリ。
自分の性格に半ばあきれながら受け取りに行くと、一休さんが抱えていたのはお世辞にもかわいいと言えないサビ猫。顔が半分に割れているような模様で、どこに焦点を当てればかわいく見えるのか、わからない。こわばった笑顔で貰ってきたが、でも良く見ると首に黄色いリボンをつけてもらい、お風呂にも入れてもらったらしくてフワフワ。幸せになるようにと祈りながら、よそゆきの格好をさせてくれたのだろう。
ほっとしたのか、この子、連れ帰る車の中、狭いケージに入れられているのにお腹を見せてぐっすりと寝てしまった。仰向けになったまま身動きひとつしないから、てっきり環境の変化にびっくりしてショック死をしてしまったんだと早合点、「パパ~、死んじゃったみたい」と助手席で大騒ぎをしたが、実はこれ、後々オオモノになるという証だっただけ。
人間にも「面食い」というのがあるけれど、顔なんて毎日一緒に生活していると馴染んでしまって、いつの間にか、素敵だったのか素敵じゃなかったのかわけがわからなくなる。それとまったく同じで、サビちゃんの模様も、一緒に生活しているうちに一向気にならなくなってしまった。それどころか、今ではかわいくて仕方がない。きつい性格で、他の猫とすれ違おうものなら必ず猫パンチの先制攻撃を食らわせる。その意地悪さがチャコに似ていて、だからチャコの分まで長生きさせようと、かわいがることかわいがること。
雹が降らなければ我が家には来なかった猫。こういうのも「災い転じて福」というのだろうか。小さかった頃の写真を見ると、こんなちっぽけな体で一生懸命生きていたんだと、そのけなげさがたまらなくいとおしい。その後親戚からの音沙汰はなかったが、サビが来てから5年後、またしても「ご無沙汰しています」の電話。こちらはすでに耳が後ろにぺったりと張り付いて警戒心丸出し、案の定「子猫が捨てられていましてねえ」…と。
写真:(上)貰われてくる日に、黄色いリボンをつけてもらって一休さんの家で記念撮影。(左)今やメタボリックなサビ猫に・・・。
捨てられたのにはワケがある
2007年05月26日(土)
昨日はちょっと気の重くなる話題だったから、今日は、サビちゃんを貰ってきてからというもの、電話一本寄こさなかった一休さんの話。あれ以来、こちらから電話をする用事などもとよりないのでそのまま。その一休さんが5年目にして、またもや突然電話をかけてきた。この人からかかってくる電話には最初から逃げ腰。世間話をしながらも、話の核心にたどり着くまえに何としてでも電話を切らなくちゃと、そのことばかりを考えている。
しかし相手はツワモノ、なんとか切らせまいとして話を引き伸ばし、ついに「いや~、実は子猫を拾いましてねえ」と。ご自分でお飼いになればよろしいでしょと、そんな強いことが言えればいいのだけれど、どうもそのあたり気が弱くて、「どんなお猫ちゃんなんですか」と、言わなきゃいいのに社交辞令。
なんでも、血統書つきと思しき猫、それが箱に入れられて公園に捨てられていたんだとか。奥さんが見つけ、いったんは見て見ぬふりをしてやり過ごしたものの、どうにも心配になり、引き返してみたところがすでにもぬけのカラ。拾ってくれる人がいたのかと喜んだが、これが糠喜び。次の日に、またしても同じ場所に同じ子猫が捨てられていた。
子供が拾って持ち帰り、元の所に戻していらっしゃいと家族にでも言われたのか、あるいはお母さんと拾ったものの、家族会議の結果やっぱり飼うのはよそうという結論になったのか、いずれにしても誰も飼ってはくれず、元の捨て猫。
あまりにかわいそうなので(こればっかり)、家に連れてきたのだそうだ。連れてきたからには、それなりの覚悟を決めてのことだろうと思うのだけれど、「気難しい先住がいて」の一点ばり、決して自分が飼うとは言わない。気難しいのは一休さんだっておなじ、それでも奥さんとなんとか暮らしているんだもの、猫だって同じよ、と突っ込みを入れたくなるが、拾われた子猫に罪はなし。
とにかくかわいい子なので、誰か貰い手を探して欲しいと懇願される。(ええい面倒な!)「それじゃ、ウチで貰ってあげますよ」と、またしても言ってしまう猫バカ。どうも強引なタイプに弱く、社会生活でもこの手合いには勝ったためしがない。
そんなわけで、またもやシブシブ一休さんの家に猫を貰いにいくハメに。行きの車の中、自分が貰うと言ったことなのだからと、自分に言い聞かせはするものの、なんでいつもこうなっちゃうのかしらとブツブツ。パパはすぐに腹を括るタイプだから、一度決めたら不平不満は決して言わない。むしろ、どんな子猫なのかとそれだけが楽しみ。
雹のお見舞いにかこつけての子、今では目の中に入れても痛くないほどかわいいけれど、会った時には思わず頬の筋肉が硬直。だから、血統書つきらしいかわいい子猫というのも、きっと「眉唾」とタカを括っていた。ところが一休さんが抱いてきたその子、ふさふさの長い毛とペチャンコの鼻、前のとはうってかわってかわいらしく、まるでムクムクの縫いぐるみ。血統書つきってこんなにかわいいのかア。
獣医さんに見てもらうと、血統書の中でもかなりいいランクの子なんじゃないかと。動物病院に勤務しているトリマーの女の子も、譲って欲しいけれど、ちょっと前に猫を飼ったばかりとしきりに残念がる。とすると、買えば10万円前後。そんな大金を出していながら、すぐに捨ててしまう人なんているはずもない。気に入らなければ返品だって交換だってできるそうだもの(命をなんだと思っている・・・)。
箱の中に一緒に入れられていたというドライフードは、冷凍用の小袋に入れられていて、たぶん大袋のカリカリを小分けにしたもの。多頭飼いの、猫を飼いなれた人という感じ。ここから、あれやこれやと犯人を推理してみたが、有力なのは2つの説。この子をもてあましたブリーダーか、あるいは一休さんの家の近くにある大型スーパーのペットショップ。
スーパーのペットショップの一角に「生体売場」という、なんだか気味の悪い名前の売り場があって、たくさんの子犬や子猫が売られている。ここで売られていたものの、なにかしらの理由で処分の対象になり、それを哀れに思った店員さんがこっそり捨てたとか。ブリーダーも同じ。
売れない理由で思い当たるのは、貰ってきた時から鼻はズビズビ、目はウルウルだったこと。健康そうというわけではなく、だから売り物にはならなかったということか。もっとも、鼻ズビ、目ウルはこの種類の子にはよくみられる症状で、お鼻のペチャンコが原因、特段病気というわけではないと獣医さんは言う。
どんなワケがあるかは知らないけれど、捨てちゃうっていうのはヒドイよねえ、と言いながら毎日舐めるようにかわいがっていたが、安いものにはワケがある、捨てられていたものには、もっともっと深いワケがあるというワケ。実はこの子、自力ではごはんが食べられないという障害を持った子だった。そのことに気がついたのはしばらくしてから。一休さん、またしても逃げ得…。
写真:(上)今ではすっかり元気な「血統書」つき!なんとなく性格が犬っぽいのだけれど、まさか祖先に?(左)ザ・イッキュウサンズ。
ショパンとのり弁
2007年05月29日(火)
チリリンを拾ったのは子猫の時ではなく、もうすぐ1歳になろうかという時。新しい家に転居して6ヶ月ぐらい経った頃だったか、かつてのお隣さんから、庭に猫が居ついてしまって困っているのだけれど、引っ越す前にエサをあげていた子じゃないかしら、という電話がかかってきた
その顛末もそのうち書くつもりでいるけれど、引越しが決まって、一番頭を悩ませたのは外猫のことだった。エサをあげていた子を置いていってしまえば、明日から食べるものにも困るだろうし、そんな無責任なことをするわけにもいかない。獣医さんの助言を得て、触ることさえできない子を、やっとの思いで連れてきた。だからお隣さんにいる猫はあずかり知らぬ子。姿形を聞いてもまったく心当たりがなかった。
鈴のついた首輪をつけていて、ご主人が帰宅すると、必ず玄関まで出迎えにきてくれるのだそうだ。首輪をつけているのなら近所の子、遊びにきているだけじゃないのと言ってみたが、家に帰る様子は一向にないのだとか。とにかく見にきてと言う。見に行ってどうなるものでもないけれど、親しくしていた友人だったから、猫のことは二の次、とにかく遊びに行くことにした。
庭で彼女が指差した、白い洋服に茶色の帽子をかぶった子、ああ、この子なら遠目に見たことがある。近くのアパートに小さな子供のいる家族が住んでいて、いつもその子の後をくっついて歩いていた子。アパートの住人ははとっくの昔に引っ越してしまっているはずだから、飼っていた猫を、次の引越し先ではペットがだめとかなんとか、そんな理由ですげなく置いていってしまったのだろう。
自分の哀れな身の上など知るはずもなく、なんだか明るい雰囲気の猫で、声をかけると飛んでくる。抱き上げてみるとおとなしく、腕の中でされるがまま。置いていかれちゃってかわいそうに、この子、これからどうやって生きてゆくつもりだろう。
隣人はまったく飼うつもりはなく、気の向いた時だけ飼い犬のドッグフード(!)をあげているらしい。この人、犬の飼い方も気まぐれで、散歩もしたりしなかったり。ここに置いておけば、間違いなく野良猫になるしかないが、頭のよさそうな子だし、ホームレスなどからきし似合いそうにない。
見てしまったらこうなるのはわかりきっていたこと、だから見なきゃいいのに、貰っていくわと、車に乗せて連れてきてしまった。チリリンという名前は、鈴をつけていたからと、隣人が名づけたのをそのまま。まだ子供を産んだことはなく、連れてきてからの避妊手術。生後8ヶ月ぐらいといったところか。
それでもちょっとオトナになっていた猫だったから、先住猫達とうまくやっていけるかと、それだけを心配したのだけれど、ありがたいことに杞憂。家に着いてからは、用心のためにケージに入れたまましばらく部屋の片隅に置いていたが、近寄る猫に、フーでもなければシャーでもない。これなら大丈夫だろうとケージから出したところ、たちまちわがもの顔で家中を闊歩、先住たちはただただ遠巻きに眺めるだけ。
それからしばらくして、この猫が飼われていたと思しきアパートから、道路一本隔てた所に住んでいた友人が遊びに来た。それほど親しくしていたというわけでもなく、道路で会えば、世間話よりもうほんの少しだけ踏み込んだ話しをするという程度の仲。その彼女、チリリンを見るなり、あらこの猫、私の家の庭によく遊びにきていた子だわと言う。
「私がショパンのバラードを聴いていると、必ずお庭にくるのよ。そして首を傾げて音楽を聴いているの」・・・ショパン?この子が?実はこの人、普段からちょっとセレブを気取っていて、自身の日常も薔薇の花が咲くごとくに語るから、どこまで本当のことなのかわからない。普段からショパンを聴いているというのも初耳だった。
それ以上に、チリリンとショパンという組み合わせはなんともチグハグ。早速その晩、ショパンのCDをかけてみたが、ちっとも反応しない。この子、我が家にきたばかりの頃の好物は、のり弁の海苔とコンビニ弁当のから揚げ。こんなものを買ってきて食べていると目ざとくやってきて、ウェンウェンと鳴いて欲しがる(ニャアと鳴かずに、ウェンと鳴く)。
う~む、のり弁とから揚げとショパンねえ…。まあ、そんな組み合わせがあっても別に悪いわけではないけれど、ショパンというのだけはどうも怪しい。北島三郎の、は~~~るばる来たぜ、はっこだって~~~っとかなんとか、そんな歌が聞こえてくると血が騒いで、それでわざわざ道路を渡って聞きにいった、というのが真相だったりして。
ショパン流れるセレブな家の猫にはなりそこなったけれど、まあ、そこそこ好きなものを食べて、好き勝手に暮らす日々。猫なりにはセレブ…。
写真:(上)なんだかホームレスっぽい?(左)でも、こうすればそれなりにセレブ(・・・かなあ)。
売れ残りの犬はいらんかねえ
2007年06月17日(日)
ペット売場に「生体」という看板がぶらさがっていて、いかにも生身の命を売っていますというふうで、この呼び方、なんとも気持ちが悪い。もう少しましな言い方ができないものかと、その無神経さを腹立たしく思ったりもするが、まあ言い方を変えたところで、所詮ブリーダーが産ませる犬や猫に値段をつけての「命」の売買。
売れ残れば‘賞味期限切れ’だか‘消費期限切れ’だか、コンビニのお弁当よろしく「処分」するのが現実らしいから、生々しい生命体を連想させて、どうだ、それでも責任取れるかと迫る感じ、むしろ口当たりのいい名称で誤魔化すより、良心的というものか。
以前はかわいい子犬、子猫の顔見たさ、スーパーに行くと、わざわざエレベーターでペット売場のある階まで昇り、ガラスケースの中を覗いていたが、ここ20年ぐらい、ウチの子たちの食料品を買うために売場に行く時でも、競走馬よろしく「遮眼帯」、これを心の中にしっかとイメージして、ペットフード以外、余所見は一切しない。それというのも、ウェスト・ハイランド・ホワイトテリアという犬種のミイちゃんとのことがあったから。
ミイちゃんという猫のような名前は、ペット売場の店員がつけた名前で、この売り子さん、よほどの動物好きらしく、いつも2、3匹しかいない小さな売場だったから、それぞれに名前をつけ、お店が休みの日には、売っている子たちを自宅に連れ帰って面倒をみていたらしい。
そのミイちゃんに会いたくて、買い物のたびに売場に寄るようになった。ところがこの子、半年過ぎても売れる気配がない。離乳が終わってすぐに売りに出されたはずだから、生後8ヶ月目ぐらい、ほとんど成犬と言ってよいほどに育ってしまった。お値段は最初の12万円から次第に値下がりして10万円、8万円…。
今日は売れたか、明日は売れるかと気がかり、その確認のために立ち寄る。飼ってあげたい気持ちも募ってはいたが、当時すでに猫が2匹、その子たちの社会性のなさ、偏屈さを考えると、上手くやっていける自信はなく、誰かがいつか買ってくれることだけに期待をかけていた。けれど、大きくなってしまった犬に買い手などつくはずはなく、後から入ってくる子犬や子猫ばかりが売れてゆく。
店員は可愛いがっているが、そこは商売、売れないものをそのまま置いておくわけにもいかず、たぶん四面楚歌。そんな時、たまたまガラスケースから出ていたミイちゃんに、売れないわねえ…と話しかけてしまったのが運の尽き、側にいた店員さんが懇願するような言い方で、値引きしますからと。
安くすると言われても、我が家じゃ犬は貰いモノ、猫は拾いモノと相場が決まっていて、だからわざわざお金を出して買う気など毛頭ない。それぐらいなら、動物愛護センターあたりから、可愛そうな子を引き取ってあげようというもの。でもその時のミイちゃんは捨てられた犬同然、人為的に命を絶たれるのも時間の問題。そう思うと清水の舞台、矢も盾もたまらず6万円に値切って買ってしまった。
犬を買ってきたと言っても、パパはそれほど驚きもしなかったが、猫のほうは予想どおり、高いところに登ったままフーだのシャーだのと毛を逆立てての攻撃、水も食事も摂らない。犬は犬で、そうした環境がよほどストレスだったのだろう、軟便を撒き散らし、そのうち血便と血尿。しばらく様子を見ていたが、この先同居など到底無理、家庭の平和を取り戻すためにも、犬の里親を探すことにした。
新聞や広報紙で里親を捜すと、中には動物虐待が趣味なんていう人がいるから気をつけないと、と愛護団体の人から聞いたことがあるから、それは最後の手段。まずは犬を車に乗せ、友人知人の家を一軒ずつ廻っての里親探しを開始した。犬はいらんかねえ、の行商。
十軒近く廻ったが、犬好きはすでに犬を飼っているし、飼っていない家は動物アレルギーだのなんだの、おいそれと飼い主など見つからない。車に弱いミイちゃんは、カーブのたびに車酔い、気をつけて運転してあげるのだけれど何回も吐いてしまい、犬も人間も車も、大変な一日になってしまった。
あと何日か努力してみて、それでも貰い手が見つからなければ飼うしかないと覚悟を決めて家に戻ると、さっき訪問した友人からの電話。彼女がピアノを教えているお弟子さんの家で、ほんの少し前に同じ種類の犬を亡くしたばかり、欲しいと言っているという。欣喜雀躍、早速ミイちゃんを連れて行くと、家族中で大歓迎してくれた。
結果はめでたしめでたし。けれどこのことがあってからというもの、すっかり懲りて、二度とペット売場の「生体」は見ないことにした。君子危うきに近寄らず…いやいや、愚者危うきに近寄るなかれ、と心に言い聞かせて。
写真:(上)里親さんから届いたミイちゃんの写真。あれから20年、まだ元気でいるだろうか。(左)犬と暮らすのを拒否した子たち。仲が良く、いつも結託していたから、誰も2匹の間に入り込むことなどできなかった。
ない子で苦労はしないと言うけれど
2007年07月26日(木)
このあいだの日曜日、荻窪まで電車で出かけ、急いでいたから、途中の御茶ノ水で快速に乗り換えたまではよかったが、たまたま乗ったその車両、子供の泣き喚く声の満ち満ちたトンデモ車両。当の男の子は2歳ぐらい、3歳ちょっととおぼしきお姉ちゃんとお母さんの3人連れ。
最初は、騒々しい親子だなあという程度、ところが次第に耳をつんざく子供の悲鳴、それが絶え間なく続くのにいささかウンザリ。あまりに聞き分けのない我儘ぶりと、それを叱りきれないでいる母親に苛立ち、いっそ車両を代えようかと思ったぐらい。
言葉はまだカタコトだから、要求の内容は不明。でも、どうやら履いている靴下が気に入らないらしく、脱いでは放り投げ、放り投げては拾いの繰り返し。そのたびごとに、電車の天井が抜け落ちてしまうのではないかと思うぐらいの嬌声を張り上げる。
のみならず、信濃町あたりからは、靴下を履かないなら電車の中に置いてゆくわよ、と母親も怒鳴り始めたから、騒々しさは加速するばかり。子供、どれほど急かされようと靴下を履く気配はなく、裸足のまま床を転げまわって泣くばかり。ご一行様降車駅の新宿に着き、ドアが開いてもそのまま。
母親、この騒ぎなど一向気にならないらしいお姉ちゃんを抱きあげ、先に降りてしまった。残された男の子、どうするのだろうと眺めていると、慣れたるもの、わーんと泣きながらドアの閉まる直前にホームに転げ降りた。寝たままの姿勢でゴロゴロと。はあん、いつものことなのね。
やれやれ…と誰もが、胸をなでおろし、ようやく車内に静寂が戻ったその時、高齢のご婦人が一言「ああ、うるさかったわねえ」と、まことに正直な心情吐露。乗客、きっと心の中でこのご婦人に「座布団一枚!」。
公私の区別にうるさい古い親に育てられ、だからなのか、静かにできない子供は大の苦手、それが嵩じて、子供そのものが得意ではないのだが、でも最近は年のせいか、もし子供がいたらどんなふうに育っていたかしら、親の思惑通りに育ったかしらと思うことも。子育て、そうそう上手くいかないのが世の常、だから案外苦労しているに違いない。「るッセイ、ババア」とかなんとか言われたりして。
母が最晩年まで口癖のように言っていたのが、「ない子で苦労はしないのよ」という言葉。養女を貰って苦労した作家の話をする時、必ず引き合いに出していたが、実は自分の体験、思うところを言葉にしていたのではあるまいか。これ、子供心に引っかかっていたらしく、思いのほか深い傷、今だに、母親にとって「不肖の子」だったのかもしれないと、思うことがある。
今生は子育てに縁はなく、もっぱら猫育て専門。「ない猫で苦労はしない」という言葉が、時々心をよぎることもあるが、ある猫で苦労するのもこれまた幸せ。手のかかる子(猫)ほどかわいいというのも、真理。
写真:(上)フクちゃんは素直に育ってくれて、ほんとうにいい子。(左)これだけ慕われれば猫親冥利に尽きるというもの。なぜか男親の人気絶大。
満員御礼
2007年12月01日(土)
まずは大きく深呼吸してご報告。3匹の子猫ちゃんたち、ついに我が家の養子として迎えることに決定しました。パチパチパチ!!
保護した時から、こうなるんじゃないかと「危惧」してはいたとおり。貰ってくださるという方もいらしたけれど、いざ養育してみると、1ヶ月半を過ぎたノラの子は人間に懐きにくく、貰って頂けるのは、他の子に比べて体が大きく、愛嬌のあるアケミちゃんぐらい。
ところが困ったことに妻ときたら<アケミ>ちゃんに真っ先に愛着が湧いてしまい、手放したくないと内心ウジウジ。利発そうな顔立ちと、柔らかくてきれいな毛並み。この子の毅然とした雰囲気が、なぜか我が家に幸運を運んでくれるように思えてならない。
結婚して初めて飼った「にゃあちゃん」にそっくりの茶キジの<にゃさぶろう>ちゃんは、夫がメロメロ。にゃあちゃんと一緒にみかん箱に捨てられていたチャコの後を追うように、12歳で逝ってしまったにゃあちゃんを、夫はコトの外可愛がっていたから、この子はにゃあちゃんの生まれ変わりだと盛んにクチにする。
もう1匹、キジ白の<小牧>ちゃんは、他の2匹に比べて食が細く、そのせいか体も小さく弱々しい。おまけに警戒心が人一倍強く、未だに人間の側に寄ってこようとはしない。この子を飼ってくださるとしたらかなり殊勝な方、しかも猫育ての熟練者。いっそ3匹まとめて飼ってくださる方があればとも思うが、まさかそんな方がいるはずもない。
先住猫さんのほとんどは10歳を越えていて、だからあと10年もしたら寂しくなるわねえ、と話していた矢先だったから、この子たちを飼えばあと20年近く、猫のいる生活が保障される。満更悪い話でもないか。唯一の心配はこれから20年、夫婦共々元気で暮らしていけるだろうかということ。
友人のご近所に猫好きの一人暮らしのお爺ちゃまがいて、家の内、外でかなりの数の猫を飼っていた。次第に病気がちになり入退院の繰り返し。その間、友人が猫の面倒を見てあげていたのだけれど、ついにその方が亡くなると、後を見る人もなく、猫ちゃんたちは哀れにも保健所行き。その時に捕まえられなかった子だけが残ったとか。
そんな話を聞くと、最後まで面倒を見るという飼い主の責任がヒシヒシ。図々しくも、夫婦健康でいつまでも長生きをするつもりではいるけれど、それでも一抹の不安。どこかに、老夫婦が残した動物の面倒を見てくれるような愛護団体はないものかしら。猫の一生分の養育費+αを託して。
そんな折、目にしたのが動物病院に置いてあった愛犬雑誌。そこに紹介されていた動物愛護団体なら、組織も理念もしっかりしていそうだからと早速ネットで調べてみると、これが・・・。
野良猫対策については「地域猫」を推進していて、そのための捕獲、避妊手術など、精力的な活動を展開している。でも、どうもひっかかるのが、捕獲をした段階で、身体に障害などがあり、手術後、地域に戻しても生存が困難と思われるものに対し、「安楽死」を選択しているということ。
障害を持ってノラとして生きるのは苦難・苦渋の道、猫にとって幸せなことではない、ということを安楽死を正当化する理由にしているけれど、果たしてそうなのか。人間がノラちゃんに対してできるのは、共存のための手助けで、生きる権利を奪うことではないように思うのだけれど。
ブログを書くために正確を期そうと、当のA愛護団体のサイトをもう一度確認したが、野良猫対策の項目だけ、なぜかアクセスすることができない。システム上の問題なのか、あるいは同じような感想を持った愛猫家からの批判にでもあったのか。
数年前、我が家の庭に両手が内側に曲がり、歩行がかなり困難な猫ちゃんが時々やってきた。物を食べる時、口を痛そうにしていたから難治性の口内炎に罹患していたのだと思う。ある日、珍しく顔を見上げて「にゃー」と鳴くので、急いで鶏肉を煮て食べさせてあげたけれど、口に入れるのがやっと。一口二口食べて姿を消し、それきり二度と現れない。
A愛護団体なら、この子の幸せは安楽死だと主張するのかもしれない。独特の歩き方は、「健常者」といわれる人間の目には重大な障害を抱えているように見えたし、満足に食べることのできない口内炎を持っていたから、生きるのも並大抵ではなかっただろう。人間の幸・不幸の判断基準に照らせば「不幸」ということになるのか。この子は懸命に生きようとしていたのに?
A愛護団体になんらかの寄付をし、「ウチの子を頼みます(…カクっ…)」なんてことになった場合、老いた我が子に残された道は安楽死ということになるのかしら。特に、口に障害のあるムメモちゃんの命など、まったく保障されないだろう。なんてこった。
動物愛護団体の活動形態は多様だし、愛護という言葉の定義も様々。それぞれの団体が良かれと思う理念、信念を掲げて活動しているけれど、そこにはちょっとした落とし穴もある。「NPO」という民間活動が盛んになるにつれ、その活動の問題点として、組織が良かれと思うことの「ひとりよがり」の危険性が指摘されるようになった。動物愛護団体も然りというわけ。
やれやれ・・・託す先は思いつかないが、「老夫婦」になるまでの道のりは遠い。先のことはおいおい考えるとして、とりあえずは3匹増えた大所帯、賑やかに楽しんで暮らすことにしますか。
写真:(上)チリリン「飼ってもらえることになったの?」アケミ「・・・みたい、エヘッ」(左)にゃあちゃんにそっくりのにゃさぶろう。一番のおチビ、小牧(こまき)は写真に撮るのもちょっと困難なので今回はパス。
メロメロ
2007年12月02日(日)
とにかく、かわいくってアップせずにはいられませんものですから、はあ・・・親ばか。
アケミちゃんはしょっちゅう一階に降りてきては、腕の中に抱かれてグルグル言っています。先住猫さんにシャーッと言われようが、ペシッとされようが知ったこっちゃない。とにかく楽しくて仕方がないようです。にゃさぶろうと小牧は、そんなアケミの様子をソっと覗きにきますが、人間の姿を見ると「散れーっ」とばかり、あわてて二階の子猫部屋に駆け込んでしまいます。
兄弟で性格が違うというのは人間にはよくあることですが、猫も同じようです。別に親の教育なんてものは受けていないわけですから、3にゃんの性格の違いはもって生まれたものなんでしょうね。それにしても癒されます、メロメロ・・・きてくれてアリガトウ!
写真:(上)アケミちゃん。(左)ジュリちゃんは子供好き。
赤い糸
2008年01月15日(火)
1月11日は私たち夫婦の22回目の結婚記念日だった。外で食事をすると思う存分飲めないからと、毎年自宅で、2人だけのワインパーティーを開いてお祝いをしていたのだけれど、今年はなんとなく雰囲気を変えたくなって、近所のイタリアンレストランでディナー。
こんな田舎にもちょっと洒落たお店があって、このイタリアンレストランのオーナーは、いつ行っても丁寧に接客をしてくださって気持ちがいいし、お食事も、見た目味ともに申し分ない。
車でしか行けない場所なので、いつも飲むのをがまんするのは、ワイン一本飲んでも酔わないという運転手役の妻のほうだけれど、今回はお祝いということで一口。といってもほんの50ccぐらい。それでもめでたさゆえか、コトの外美味に感じた。
22年なんてあっという間。世に言う「適齢期」をとうに過ぎていたというのに、結婚なんておよそ考えてもいなかったヒトと、ひょんなことから一緒になったもついこの間のことのよう。マンションに遊びに行くと、いつも、キッチンに大量にぶらさがっていた「靴下の干物」がまだはっきりと目に浮かぶし、柔和な笑顔で迎えてくれた姿もそのまま。
結婚を特別に意識していたわけでもなく、会えば趣味の音楽の話ばかり。大抵音楽仲間が一緒にいて、2人きりで会ったことなどほとんどなかったから、どうして結婚することになったのかと聞かれても、本人でさえ説明することができない。理想の家庭像なんて語り合うこともなく、いつの間にか結婚していた。
結婚をして初めて、お互いが「子供」 の存在を生涯の生活設計に組み込んでいなかったこと、猫が好きだということを知った。一切の詮索をしない夫の性格は今もそのままで、妻の心の奥底に、土足で踏み込んでくるようなことをしたことはなく、さりとて無関心なわけでもなく、心底優しい。
だから、どんなに親しい友人にも夫を悪く言ったことはないけれど、夫の悪口を言わないというのは、私が少しばかり前時代的な、古ぼけた妻だからなのだろうか。夫が台所に入るのもだめ、ゴミ出しもだめ、家事一切に触れることまかりならないというほどの・・・。
男が外で思う存分仕事をするために家庭を守るという、そんな妻が理想なのよと言うと、夫は、「自民党御用達の妻だね」と冷やかす。
なるほどね、男が戦場に行き、女は銃後を守る・・・自民党が泣いて喜びそうな話かもしれない。でも、私が自民党を支持するなんて、後にも先にもありえない話で、ジェンダーフリーを目の敵にしているわけではなく、けなげ(そう)な妻を演じる自分の姿に酔うという、単なるナルシスト。
結婚記念日の大盤振る舞いとばかりに夫を褒めたけれど、夫が「常識的な男」かと言うと、それはちょっと違う。組織に組することができず、だから常に一匹狼。しかもそれが平気な人。そんな人の妻である私もまた、「常識的な女」のはずがない。猫ならぬ、ヤマアラシ夫婦。「縁」は異なものだとつくづく思う。
写真:(上)優しいのは猫にばかりではないけれど、でも、猫に見せる笑顔と妻に見せる笑顔とでは、絶対に質が違う、なぜだろう・・・。(左)これからもよろしく。
小牧です!
2008年05月07日(水)
きょうは竹やぶ三兄弟の中から、小牧(こまき)ちゃんの写真をアップします。この子はなかなか人に馴れず、今でも容易に触ることができません。油断している時にサッとひと撫ぜするぐらい。触ろうとする気配だけでビュンと逃げ出してしまうのです。でも、気がつくといつも足元にいて私を見上げています。2階に行けば、必ずついくるのも小牧です。
この子、3匹の中では一番体が小さくて痩せぎす。ふっくらとしてかわいい感じのする子ではありませんし、愛嬌もないという二重苦、誰も里親になってはくださるまいと、ハナから外に出すことを諦めていました。
他の2匹は性格温厚、成長するにつれて顔もかかわいらしくなり、なんとか里親も見つかりそうな気配でしたが、3匹で遊んでいるときの小牧の嬉しそうな様子を見ていると、この子だけ一人にするのは忍びなく、結局、3匹一度に我が家の子として迎え入れることになってしまいました。(ほんとうは・・・情が移ってしまったから・・・なーんてね^^)
突然、総勢11匹の大家族になってしまった猫たち。さすがに、こんなにたくさん飼ってしまってどうしようと、一時期ずいぶん思い悩んでしまいました。「もう猫はイヤ」と何回口にしたことか。
その言葉を悲しい思いで聞いていた子がいました。それからたった4ヶ月足らずで、フクちゃんが暇乞いをしてしまったのです。今でも、フクの目の前であんなことを言わなければよかったと、後悔ばかりしています。きっと遠慮してしまったのだろうと。気持ちの優しい子でしたから。
小牧、遠慮なんてしちゃいやよ。いつまでもみんなで楽しく暮らそうね。フク、我が家に還ってきてくれるのをみんなで待っていますよ。がんばれフク、大陸移動の牛模様!!模様を間違えないで生まれてくるのよ!
写真:(上)小牧です、よろしく!(下)保護した時の小牧たち・・・。獣医さんに、かわいくなってから里親を探しましょうと言われたっけ(笑)
心の中でいつまでも・・・
2008年08月23日(土)
「ご無沙汰をしております。 毎日毎日暑いですね。猫ちゃん達はいかがですか?私の方、夢之介が8月12日に1年間の闘病生活の末、他界いたしました。
1年前までは病気しらずで毎日元気に過ごしていたのですが、血糖値が高くなって インシュリンをするようになりました。今年に入って少しずつ良くなってきたのですが、1ヶ月前から又急に悪くなり食事をうけつけなくなりました。点滴をしたりしていたのですがその甲斐もなく亡くなってしまいました。
夢之介は本当にいい子で私達はいっぱいいっぱい癒され、いっぱいいっぱい幸せをもらいました。夢之介には本当にありがとうの一言です。そんな夢之介とめぐり会わせてくださったことに感謝いたします。本当にありがとうございました。とりあえず、お礼とご報告をいたしたく突然のメールをさせていただきました。」
17年前に保護した子猫ちゃんの里親さんになってくださったTさんからのメール。お年賀状のやり取りだけは続いていて、夢ちゃんは元気ですよ、という一筆を毎年楽しみにさせて頂いていた。その夢ちゃんが亡くなった。
以前住んでいた家の物置の中で、ノラちゃんが4匹の子猫を産んでしまった。その頃はまだ猫の飼い方なんてまったく知らないド素人。避妊手術のことも知らなければ、どうやって捕まえればいいのかもまったくわからず、ただオロオロするばかり。
動物愛護団体を自称するご近所のOさんに相談すると、捕まえてくれれば里親を見つけるからと言われ、ダンボール箱を用意し、親猫が子猫を全部運び終えたのを見計らって毛布をバサっ。ぐるぐるまきにしてOさんのお宅に連れていった。
彼女の家に着いて毛布を開けると、1匹はすでに息がない。考えてみればずいぶん乱暴なやり方、今思っても、さぞ苦しかっただろうと胸が痛む。残りの3匹の里親探しについてOさんと相談をしたが、なんとなく、この人に預けていいものだろうかと不安になり、自分で里親を探しますからといって持ち帰ってきてしまった。
それから約2ヶ月、離乳食になって手がかからなくなってきたところで、かかりつけの動物病院に里親の募集をお願いしたところ、早速2匹に貰い手がついた。そのうちの1匹が夢之介ちゃん。お父様とお嬢さんお二人、夢ちゃんを入れたケージを大切そうに抱え、我が家を後にした姿が懐かしい。
3匹のうち、最後まで残ったのがしっぽの曲がった白黒猫。この子、なんとなく風采があがらず、だから貰い手など見つかるまいとハナから諦め、我が家で飼うことに決めていた。それが先代白黒猫のカールちゃん。カールは先天的に心臓の病気を持っていたこともあって、5年とちょっとの短い時間しか一緒に暮らすことができなかった。
カール亡き後、ひょっこり現れたのがフクちゃんだった。カールと同じ白黒で、じっと目を見て話を聞く仕草もそっくり。先天的に心臓の病気を持っているところまでまったく同じだったから、カールが生まれ変わってきてくれたものと信じ、大切に大切に育てていた。それなのに、フクは11歳を目前にして亡くなってしまった。
しばらくの間、「最愛の子」をなくした悲しみから立ち直れず、猫の里親募集のホームページを覗いては、どこかに牛柄さんはいないものかと探し続けていた。そして、ついについにそっくりな子。保護された方がつけた名前は「よつば」ちゃん、幸せを運ぶ四葉のクローバー。なんてかわいい名前なんだろう、この子を貰えば、命は綿々と続いていると思えるに違いない。
けれど、いい加減にしなさいよ、キリがないわと諭す自分がいて決断がつかない。散々迷っている時に届いたのが夢ちゃんの訃報だった。そしてふと、カールとフクは2匹で協力して17年間生きてくれたじゃない、夢ちゃんの一生とまったく同じ歳月を、十分に生きていてくれたじゃないと。
そう、これでおしまい…かな。一緒に過ごせた日々に、「ありがとう」って言わなくちゃいけない時がきたみたい。夢ちゃん、カールとフクに会ったら、いい子でいるようにと伝えてね。夢ちゃんもどうぞ安らかに眠ってくださいね。みんなと出合えて幸せでした。
写真:(上)向かって左がカールちゃんで右がフクちゃん。写真の印象どおり、カールはおとなしく、フクはやんちゃ坊主だった。(左)カールちゃんと夢之介ちゃん。ついこの間のことのよう・・・。
さらりんぴっく(沙羅ちゃんからのお手紙)
2008年09月06日(土)
ねこぼーしさん(←色がよくわかりませんがリンクしています)のお家の沙羅ちゃんから「さらりんぴっく」参加のお誘いを頂きました。沙羅ちゃんありがとう!
☆☆☆☆☆☆☆☆
あけみしゃん、こんにちは。沙羅でしゅ。
あけみしゃんは、おりんぴくをしってましゅか。
沙羅はすずめしゃんからききましゅたが
はじめてきいたことばだったので、
ねこぼーしさんにおりんぴくってなんでしゅか、
とおききしたら、えっと…よねんにいっかいあって
いろいろきょうそうとかあって
つぎはらいねんじゃなかったかな、っておしゃりましゅた。
そしてこないだねこぼーしさんは、
おとなりのしのざきさんに
おりんぴくはじまりましたねえ、といわれて
ものすごくびっくりなさったそうでしゅ。
てれびもしんぶんでも
ねこぼーしさんはすぽーつはみないので
しらなかったそうでしゅ。
沙羅もおりんぴくにでてみたいでしゅ、
とねこぼーしさんにいったら
ねこぼーしさんのおともだちで、
いまは沙羅もだいすきなおともだちのかたが
じゃあ、沙羅ちゃんのためのさらりんぴく、
をひらきましょうね、といってくだしゃりましゅた。
かーてんのぼりや、
ねずみやっつけきょうそう、かけっこ、
それから、
さばのしおやきはやぐいきょうそうがあるそうでしゅ!
それで、これはあけみしゃんもおさそいしなければ、
と沙羅はこうふんしてしまいましゅた。
さばのしおやきは、
あちあちだとなかなかたべられませんので
沙羅はねこぼーしさんにふーふーしてもらいましゅ。
あけみしゃんはじゅりままさんに
ふーふーしてもらってくだしゃい。
沙羅のめだるは、
てんとうむしさんとくろーばーのもようのりぼんに
ぴんくのめだるなのでしゅ。
あけみしゃんはどんなのがいいでしゅか。
おしえてくださったら
沙羅がねこぼーしさんにおねがいして
つくっていただきましゅ。
かけっこでは
沙羅はあけみしゃんにまけないとおもいましゅ。
こんやもねこぼーしさんのおへやで
さん太おにいしゃんやシマおねえしゃんにおねがいして
かけっこのれんしゅうをするのでしゅ。
あけみしゃんとあけみしゃんのごかぞくのみなさまも
ぜひおさそいあわせのうえ、ごさんかくだしゃい。
たのしみでしゅ。
沙羅
☆☆☆☆☆☆☆☆
だいすきな沙羅ちゃんへ、あけみです。
さらりんぴっくにおさそいくださいって、ありがとごじます。
ぜったいにさんかするです。
さらりんぴっくはさんかすることにみぎがあるそうです。
ひだりにはなにがあるですかね?
あけみのめだるは、
まっかなおりぼんにどんぶりのめだるがいいです。
どんぶりころころどんぶりこ♪っていうおうた、しってるですか?
おいけにはまると、
まつさんとたけさんがこにゃちはするそうです。
ママがうたってくれました。
沙羅ちゃんちのおにわにどんぶりありますか?もしなければ、
あけみがたけやぶでひろってきておくってあげるです。
ねこぼーしさんにおねがいして、
めだるをつくっいたらけたらうれしいです。
ごかぞくは、にゃあちゃんとこまきがさんかします。
みんなで、しんくろどないすんねんみんぐ、
っていうのにでられるといいわねえって、
ママがいってました。
うにゃ~ん!うれしくてねむれにゃいです!
あけみ
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あけみに頂いたお手紙のうち、最初の2通は「あけみ参上つかまちゅりー」にアップさせて頂きましたが、あちらはちとおサボしておりますため、今回はちゅうとれにアップさせて頂きました。上の写真はさん太さんと沙羅ちゃんです。ねこぼーしさんのブログから拝借したものです。かわいい!!(ねこぼーしさん、勝手に使ってごめんなさい!)
沙羅ちゃんのおてがみ(その4)
2008年09月13日(土)
ねこぼーしさん、沙羅ちゃんお手紙ありがとうございます。あけみたちも毎晩猛練習をしていますよ。楽しみです~っ!!
☆☆☆☆☆
あけみしゃん、こんにちは。沙羅でしゅ。
おたよりがおそくなってごめんなしゃい。
なぜかというと、沙羅はさらりんぴくのための
もうれんしゅうをしていたのでしゅ。
ひみつのとっくん、でしゅ。
さらりんぴくは、こんげつのじゅうくにち、
の沙羅のたんじょうびのよるに
かいさいされましゅから、あけみしゃんもがんばってくだしゃい。
さらりんぴくにはみぎとかひだりがあるのでしゅか?
沙羅はねこぼーしさんにおききしてみましゅた。
おちゃわんをもつほうがひだりて、おはしをもつほうがみぎて。
とおしゃいましゅたが沙羅はおちゃわんもてないでしゅ。
あけみしゃんはどんぶりをもてるのでしゅか?
もいちどねこぼーしさんに、
よくわからないのでせつめいしてくだしゃい、
とおねがいしましゅたら、
めてにちがたな、ゆんでにくさりがま、わはははは。
とおしゃって、沙羅はやっぱりいみがわからないでしゅ。
あけみしゃんのメダルはどんぶりで、
りぼんはまっかでしゅね。
とてもかわいいでしゅが、くびをこっせつしないでしゅか?
どんぶりころころどんぶりこ♪のうたをうたってくだしゃい、と
またねこぼーしさんにおねがいすると
ねこぼーしさんはおどりつきでうたってくれましゅた。
ころころしたり、そふぁからおっこちたり、
びっくりしたりしながらうたってくださったので、
沙羅がもういっかいやってくだしゃい、
とおねがいすると、
ますますねこぼーしさんははっするして
また、ころころしたり、そふぁからおっこちたり、
びっくりしたりしましゅた。
もういちどおねがいしましゅ、とおたのみしたら
やっぱりやってくだしゃいましゅた。
ねこぼーしさんはこういうとき、
めをまわすまでやってくだしゃるのでしゅ。
あけみしゃんとこからは、にゃさぶろうしゃんとこまきしゃんが
しゅつじょうなさるのでしゅね。
こまきしゃんはあしがはやそうで、
沙羅はなんだかまけそうなので
こまきしゃんのかわりに、むめもしゃんがでていただければ
沙羅がゆうしょうできるのでしゅが…。
しんくろどないすんねんみんぐは沙羅はむずかしいでしゅが
先生とさん太おにいしゃんとシマおねえしゃまは
しんくろないずどすいみん、がおとくいなのでしゅ。
きょねんのいちがつはちにちにかいさいされたようすが
ねこぼーしさんのぶろぐにきじがのっていましゅた。
みなさん、とてもかっこよかったでしゅ。
あけみしゃんもじゅりまましゃんにたのんで
みせていただいてくだしゃい。
では、こんげつのじゅうくにちのよる、おくれないように
ねこぼーしさんのおにわにしゅうごうしてくだしゃい。
たのしみでしゅ。
沙羅
☆☆☆☆☆
沙羅ちゃんこにゃちは、あけみです
おへんじありがとごじまいた。
沙羅ちゃんのおたんじょびは19にちですか?
あけみたちは15にちごろらしいです。
みんなでいっしょに、いっさいになられるですね。
沙羅ちゃんちのおにわわ「るじゃるだんふうが」っていうですか?
PINK MOZARTさんがつけられたって、
だから、さすがにおしゃれなおにゃまえだわねって、
ママがいうです。
あけみんちのおにわわ、
「ねこのひたい」っていうおにゃまえです。
ごうていです。
4ねんたったら、
あけみんぴっくするですからきてください。
それじゃ19にち、あけみとにゃあちゃんとこまきとママとで、
ちこくしないでいくですね。たのしみだにゃう~っ!
おみやげ、にゃにがいいですか?
ついしん
しんくろないずどすいみん、みたです。
すごかったです。
あけみ
沙羅ちゃんのおてがみ(その5)
2008年09月16日(火)
ねこぼーしさんのお家の沙羅ちゃんから頂いたお手紙です。沙羅ちゃん、ありがとう!沙羅ちゃんももうすぐ嬉しいお誕生日ですね。
☆☆☆☆☆
あけみしゃん、こんにちは。沙羅でしゅ。
とってもすてきなしゃしん、沙羅はとてもうれしいでしゅ。
じゅりまましゃんに、すきでしゅ、っておつたえして、
あけみしゃんが沙羅のかわりにちゅーをしてさしあげてくだしゃい。
あけみしゃんとにゃあしゃんとこまきしゃんのおたんじょうびが
じゅうごにちごろっておききしたので、あそびにきましゅた。
おたんじょうびおめでとうございましゅ。ましゅ。ましゅ。
みんながうしろむいているしゃしんはきっと
みみたてのえんぎ、のれんしゅうなのでしゅね。
とてもかっこよくおみみがたっていて、沙羅はまけそうでしゅ。
でもさばのはやぐいきょうそうは沙羅はじしんありましゅよ。
みんなのゆうしょうめだるはねこぼーしさんが
えーと、えっと…やみなべしてつくってくださるそうでしゅ。
沙羅はさいきんやっと、あさって、
というのがちょっとわかってきたのでしゅが
よねん、というのはよくわかりませんが、あけみんぴくは
とてもすてきだとおもいましゅ。
こまきんぴくや、にゃさぶぴくもきっとあるのでしゅね。
たのしみがいっぱいでうれしいでしゅ。
では、じゅうくにち!ふぁいと、おう!!
沙羅
☆☆☆☆☆
沙羅ちゃんこにゃちわ、あけみです。
おたんじょびのおいわい、ありがとごじます。
沙羅ちゃんのかわりに、ママにちゅーをしときました。
ままわちゅーもだいすきですけど、しょおちゅーもだいすきです。
さらりんぴっくで、ねこぼーしさんと
しょおちゅーのはやのみきょうそうをするっていってるですけど、
しってましたか?はりきってるですよ。
ママのめだるは、ゆきちちゃんっていうひとのおかおがかいてある、
かみがいいそうです。
ゆきちちゃんって、ねこですかね?
ですから、ねこぼーしさんに、えっと・・・やみなべして
つくってくだるようにおねがいをしてくさい。
やみなべ????
あけみわ沙羅ちゃんがねてるあいだに、
じゅりかあさんに、れすりんぐのれんしゅうをしてもらってるです。
ゆだんたいやきです。
さばのはやぐいきょうそうもまけないように、がんばるです。
ふあいと~っ!!
あけみ
ねこぼーしさん、焼酎はお芋か麦にしましょうね。
お米はホラ・・・なんですから。
ジュリママ
